
序文
臨床の場で、患者さんの立ち上がりや歩行を観察しながら、「麻痺側下肢に体重が乗っていない気がする」「体幹の立ち直りが遅い印象がある」——そんな感覚を頼りに評価を進めてしまった経験はないでしょうか。
動作分析はセラピストにとって最も基本的で、同時に最も専門性が問われる技術のひとつです。しかし不思議なことに、この分野には、明確な「型」が存在しませんでした。何を、どの順番で、どんな言葉を使って観察するか。それは施設ごと、あるいは個人ごとの経験則に委ねられてきたのが実情です。
この課題に正面から取り組んだのが、米国理学療法士協会神経学分野アカデミー(Academy of Neurologic Physical Therapy: 以下、ANPT)のMovement System Task Forceです。2015年の発足以来、平均20年以上の臨床経験を持つ専門家たちが数年がかりで議論を重ね、動作分析のための共通言語とプロセスを作り上げてきました。その成果は2021年に「Framework for Movement Analysis of Tasks(以下、MAT)」として発表され、さらに2026年には現場からのフィードバックを反映した改訂版が公表されています。
この記事では、MATフレームワークの原型(2021年)から最新の改訂版(2026年)までの変遷、そしてこの枠組みがバランス障害の臨床診断にどう応用されているかを、3本の論文を横断しながら整理していきます。単なる「新しい評価ツールの紹介」ではなく、この5年間で専門家たちの間でどのような議論があり、何が変わり、何が変わらなかったのかという”思考のプロセス”そのものをお伝えできればと思います。
なお、これらの論文はいずれもランダム化比較試験のような実証研究ではなく、専門家の合意形成に基づく提言論文である点は、あらかじめお断りしておきます。したがって本記事でも「証明されている」ではなく「提案されている」というスタンスで一貫して記述していきます。
なぜ今、標準化された動作分析なのか
APTAビジョン声明が生んだ「運動システム専門家」という自己認識
APTAは2013年、理学療法士の職能ビジョンを改訂し、「運動システム」を理学療法実践の中核に据えることを宣言しました。(論文の主語はあくまで理学療法士ですが、この考え方は職種を問わず、リハビリテーションに携わるセラピスト全般に通じる提言だと筆者は考えています。以下、本記事では便宜上「セラピスト」という言葉を使用していますが、論文の研究知見自体は理学療法士を主体に構築されたものになります。)
理学療法士は病気や外傷そのものを診るのではなく、”動きの専門家”として人の運動を最適化する存在である——この宣言は、専門職としてのアイデンティティを再定義する大きな転換点となりました。
この理念を具体化するための鍵となるのが「運動システム診断」という考え方です。これは、患者を伝統的な疾患名(脳卒中後遺症、パーキンソン病など)で分類するのではなく、運動能力の障害・制限のパターンによって分類しようとする試みです。そしてこの診断を下すための土台となるのが、動作を観察し分析するプロセス、つまり動作分析にほかなりません。
ところが、ここで大きな壁にぶつかります。当時、理学療法の実践において動作分析を体系的に行うための統一された枠組みも、観察内容を記述するための共通用語も存在していませんでした。運動制御の理論研究は蓄積されている一方で、それを臨床の動作観察に落とし込む「橋渡し」が欠けていたのです。
3つのタスクフォースが積み重ねた議論
この課題に対応するため、ANPTは2015年にMovement System Task Forceを設立し、まず土台となる白書(White Paper)を発表しました。その後2017年から2018年にかけて、この作業はさらに2つの専門グループへと分岐します。
いずれも7〜9名の専門家(平均臨床経験24〜25年、米国各地域を代表するメンバー構成)が、月次のオンライン会議と複数回の対面合宿を重ねて作業を進めました。両作業部会の成果は2021年に、姉妹関係にある2本の論文として同時期に発表されています。MAT作業部会の成果が「A Framework for Movement Analysis of Tasks」(Quinn et al.)、バランス診断作業部会の成果が「Movement System Diagnoses for Balance Dysfunction」(Gill-Body et al.)です。
さらに2026年、MAT作業部会は発表から5年を経て、学会でのフィードバックと理学療法士への調査結果を踏まえた改訂版「Movement Analysis of Tasks: An Update」(Tyrell et al.)を公表しました。
この3本の論文は、いわば一つの大きなプロジェクトの異なる章にあたります。今回はこの3本を使用しながら、MATフレームワークの骨格・その進化・臨床応用という3つの角度から読み解いていきます。
MATフレームワークの骨格(2021年版)
運動連続体(Movement Continuum)という設計思想
MATフレームワークの土台になっているのは、Hedman et al.(1996年)が提唱した「運動連続体」という考え方です。これは、ひとつの動作を「初期条件→準備→開始→遂行→終了→アウトカム」という時間軸に沿った複数の局面として捉える枠組みです。
重要なのは、この枠組みが単に「動作を観察しましょう」という抽象的な提案ではなく、初期条件を意図的に統制し、そのうえで環境条件を系統的に変化させて反復観察するという、再現性を重視した設計になっている点です。

臨床的に見ると、この考え方は「できた/できなかった」という結果だけを見るのではなく、”どのフェーズで何が起きているか”を切り分けて観察する視点を与えてくれます。
たとえば立ち上がり動作がうまくいかない患者さんがいたとして、それが「準備段階での指示理解の問題」なのか、「開始段階での体幹前傾のタイミングのズレ」なのか、「遂行段階での下肢筋出力の不足」なのかによって、当然アプローチは変わってきます。動作全体を漠然と眺めるのではなく、局面ごとに解像度を上げて見る——これがMATの最初の柱です。
さらに図1をよく見ると、この運動連続体は一直線のプロセスではなく、「アウトカムを起点に、もう一度ループする」構造として描かれていることに気づきます。課題を1回遂行した後、「期待されたアウトカムが得られたか」を判定し、達成できていれば次はプログレッション(難易度を上げる変化)を加えて再度課題を遂行し、達成できていなければリグレッション(難易度を下げる変化)を加えて再度課題を遂行する——この分岐が図の中に明示されています。つまりMATにおける動作分析とは、1回きりの観察で終わるものではなく、難易度を意図的に変えながら同じ動作分析のサイクルを繰り返すプロセスとして設計されているのです。この難易度操作の具体的な内容(リグレッション・プログレッションの中身)については、2-4で改めて詳しく取り上げます。
11の観察可能な運動構成要素——共通言語をつくる試み
動作分析における最大の課題は、「何を見ているか」を専門家同士で共有できる言葉がなかったことです。ある治療者が「不安定」と表現する状態が、別の治療者にとっては「アライメント不良」だったり「タイミングのズレ」だったりする——このような用語のばらつきは、臨床推論の共有やチーム間の申し送りを難しくします。
MAT作業部会は、複数年にわたる文献レビューと専門家合意(一次・二次・三次資料の三角測量)を経て、11の観察可能な構成要素を用語集として整理しました。これらは大きく2つの運動制御概念——姿勢制御(postural control)と協調性(coordination)——の下に整理されている点が特徴です。

簡単に整理すると、以下のようになります。
ここで著者らは、類似の枠組みを提案していたMcClure et al.(2021年、4-element movement systemモデル)との違いにも言及しています。McClureモデルはより少ない次元で動きを捉えるのに対し、MATはたとえば「滑らかさ・協調性・タイミング」をまとめて1つの構成要素とせず、姿勢制御と協調性という2つの運動制御概念に意図的に切り分けています。著者らは、特に複雑な運動障害を持つ患者においては、この粒度の細かさが原因因子の特定に役立つと主張しています。
ただし、この11項目という数がのちに現場から「多すぎる」「重複がある」という声を呼ぶことになります。この点は3章で詳しく見ていきます。
6つのコアタスクと標準化された教示
MAT作業部会は、動作分析の出発点として6つの「コアタスク」を選定しました。座位・立ち上がり・立位・歩行・段差昇降・リーチ/把持/操作の6つです。この選定には明確な理由があります。これらは以下の4つの動作カテゴリーを網羅するように設計されています。
重要なのは、これらのタスクにそれぞれ「標準化された教示文」がセットになっている点です。たとえば立ち上がりであれば「立ち上がってください。できるだけ手を使わないようにしてください」という教示、歩行であれば「10m先の目印まで、いつも通りの速さで歩いて、向きを変えて戻ってきてください」という具合です。これは、検者や施設による評価のばらつきを減らし、初回評価と再評価の比較可能性を高めるための工夫です。
この標準化された教示・環境設定によって、治療者が意図的に統制した条件下で、患者が”自ら選択した”運動戦略を観察できるようになります。ここで著者らが強調しているのは、動作分析の目的は「介助量を判定すること」ではなく、「その人が選ぶ動きのパターンや戦略を観察すること」だという点です。したがって治療者は、安全を確保できる範囲でできるだけ介助を控え、その人が自然に行う動きをそのまま観察することが推奨されています。
なお著者らは、この6タスクがすべての患者層に当てはまるわけではないことも認めています。非歩行者や、逆にアスリートのような高機能層には、この枠組みだけでは不十分な場合があるとされています。この「6タスクの限界」への対応が、2026年改訂の大きな柱のひとつになります(3章で詳述します)。
リグレッション・プログレッションによる難易度操作
動作分析は、一度観察して終わりではありません。MATフレームワークでは、最低2回は同じタスクを反復することが推奨されています。1回目の反復では患者が教示を理解できているか、介助や支持なしで遂行できるかを見極め、2回目以降でさらに詳しく運動構成要素を評価したり、練習による変化を観察したりします。
そのうえで、タスクや環境条件を意図的に変化させることで、より深い情報を引き出す方法が提案されています。これが「リグレッション(regression:難易度を下げる変化)」と「プログレッション(progression:難易度を上げる変化)」です。
課題が遂行できない患者に対しては、まずリグレッションによって課題を単純化し、「本来できるはずの動き」を引き出します。逆に、ベースラインの課題では問題が見えてこない患者に対しては、プログレッションによって課題を複雑化し、より高い運動システムの余力・限界を評価します。

たとえば立位という一つのタスクに対しても、「支持基底面を広げる/狭める」「表面を不安定なフォームマットに変える」「閉眼にする」「暗算をしながら行う(二重課題)」など、実に多様な操作が可能です。介助やキューイングを追加する場合は、「言語的キュー→触覚的キュー→身体的介助」という順序で最小限のものから試すことが推奨されている点も、臨床上参考になる部分でしょう。
著者らは、遂行が困難な患者には少なくとも1つのリグレッションを、明確な問題が見当たらない患者には少なくとも1つのプログレッションを加えることを推奨しています。これにより、「できる/できない」という二値的な判定を超えて、その人の運動システムが持つ適応の幅そのものを評価できるようになります。
2-1で見た運動連続体の図が示していた「アウトカム判定→難易度変更→再度動作分析」というループは、まさにこのリグレッション・プログレッションによって駆動されています。動作分析は一度の観察で完結するものではなく、難易度を変えながら同じサイクルを繰り返すことで、はじめてその人の運動システムの全体像——できる範囲だけでなく、崩れる境界線がどこにあるか——が見えてくる、という設計思想がここに表れています。
2026年、何が・なぜ変わったのか
5年間のフィードバックと、30名のPTへの質問紙調査
2021年の発表後、MAT作業部会は現場での使われ方について継続的にフィードバックを集めていました。2022年から2025年にかけて、APTAのCombined Sections Meeting(3回)とANPT年次大会(1回)で計4回、各2時間の講演を実施し、100〜300名規模の参加者から質疑応答や非公式な意見交換を通じて意見を集めました。
この会議でのフィードバックを受けて、作業部会はより形式的な評価が必要と判断し、単一の医療システム内で神経系分野に従事するPT30名を対象とした質問紙調査を実施しました。参加者は臨床経験1〜10年、43%が神経系認定専門理学療法士(NCS)、73%が臨床教育経験ありという構成です。REDCapを用いて5件法(強く同意〜強く反対)で、各構成要素について「定義の明確さ」「動作分析における重要性」「観察可能性」「他の構成要素との相互排他性」の4点を尋ね、あわせて自由記述でのコメントも収集されました。合意の基準は事前に「75%以上が同意・強く同意と回答すること」と定められています。
ここで一つ、正直にお伝えしておきたい点があります。著者ら自身も論文中で明記していますが、この調査は単一施設からの便宜的サンプルであり、全PTの意見を代表するものではありません。あくまで予備的な調査結果として、次に述べる改訂の参考資料という位置づけで読むのが適切です。
調査の結果、多くの構成要素は75%の合意基準を満たしましたが、いくつかの項目では合意に至りませんでした。具体的には、「正確性」の定義の明確さ、「症状誘発」の観察可能性については基準を下回りました。また、相互排他性(他の構成要素と重複しないか)については、症状誘発を除くほぼすべての構成要素で合意が得られませんでした。特に「対称性」と「協調性(滑らかさ・順序性・タイミング・正確性)」との重複を指摘するコメントが多く寄せられています。
構成要素の再編——11から8へ
調査結果と自由記述の内容分析を踏まえ、作業部会は運動構成要素を11から8へと再編しました。ポイントは「削る」だけでなく「整理し直す」ことにあります。

主な変更点は次の3つです。
① 対称性(Symmetry)の廃止
最も大きな変更は、11項目の筆頭にあった「対称性」を独立した構成要素としては扱わなくなったことです。調査では、対称性の定義自体は明確(76.6%が同意)で重要性も高く評価されていた(97%)一方、相互排他性の項目では過半数が「他の構成要素と重複する」と回答していました。自由記述でも、「対称性は、他の構成要素(振幅の左右差、順序性の左右差など)を観察する過程で自然と見えてくるものであり、独立した項目にする必要はない」という意見が多く寄せられています。この結果を受けて、対称性は独立した構成要素としては廃止され、他の構成要素を観察する際に付随的に評価される位置づけに変わりました。
② 順序性(Sequencing)とタイミング(Timing)の統合
2021年版では別項目だった「順序性」と「タイミング」は、「Sequencing & Timing」という一つの構成要素に統合されました。理由は明快で、臨床家からは「観察の場面でこの2つを区別するのが難しい」という声が繰り返し寄せられたためです。協調性という上位概念の中で、身体各分節がどの順番で・どのタイミングで動くかを一体として捉える形に整理されています。
③ 正確性(Accuracy)の除外
「正確性」は8構成要素から完全に除外されました。これは、多くの治療者が正確性を「動作の観察内容」というより「動作の結果(アウトカム)」として捉えていたためです。動作そのものの質を見る他の構成要素とは性質が異なる、という整理です。
一方で、姿勢制御(垂直性・安定性)と協調性(滑らかさ・順序性/タイミング)という上位2概念による分類構造そのものは、2021年版から維持されています。また、アライメントの定義については「環境に対する方向性」を除外し、垂直性との違いをより明確にする修正が加えられました(自由記述では、垂直性とアライメントの区別がつきにくいという指摘が最も多く寄せられた項目のひとつでした)。
こうして見ると、2026年の改訂は「理論的に美しい枠組みを守る」ことよりも「臨床家が実際に迷わず使えること」を優先した、現場主導のチューニングだったと言えそうです。11という数字にこだわらず、実際に運用してみて重複が指摘された部分を素直に削る・統合する——この姿勢そのものが、タスクフォースの継続的な検証プロセスの誠実さを表しているように思います。
ユニバーサル・フレームワークの提案——「統制」から「患者中心」への転換
2026年改訂のなかで、おそらく最も思想的なインパクトが大きいのがこの変更です。
2021年版のMATは、初期条件(開始姿勢や環境)をあらかじめ標準化し、検者間・再評価間での再現性を高めることを重視していました。これは前章で見た通り、「座位から手を使わず立ち上がってください」のような統一教示とセットになっていました。
しかし2026年版では、この前提そのものに疑問が投げかけられます。著者らは、初期条件を完全に統制してしまうことが、かえってICF(国際生活機能分類)が重視する患者固有の内的・外的要因を見落とすリスクにつながっていたと振り返っています。実際、急性期病棟で働く治療者からは「ベッド上動作の分析が必要」という声が、小児分野の治療者からは「はいはいや、つかまり立ちの分析が必要」という声が寄せられており、6つのコアタスクだけではカバーしきれない臨床現場の実態が浮き彫りになりました。
この声を受けて提案されたのが「ユニバーサル・フレームワーク(Universal Framework for MAT)」です。これは特定の6タスクに限定せず、どんな動作にも適用できる汎用的な分析手順として再設計されたものです。

ここでの最大の変更点は、初期条件と課題そのものの選択に関する制約を取り払ったことです。治療者があらかじめ姿勢や完遂方法を指定するのではなく、患者・クライアント自身が選んだ初期条件(姿勢や環境)を意図的に観察することで、その人固有の文脈や能力についての知見が得られると位置づけられています。また、教示についても、特定の完遂方法を指定しないオープンエンドな形にすることで、より自然な——つまり治療場面の外でその人が実際に行うであろう——動きを引き出せるとされています(もちろん、治療者が意図的に「統制された教示」と「自由な教示」との違いを見たい場合は、従来通りの統制版を用いることも可能とされています)。
なお、リグレッション・プログレッションという考え方自体は2026年版でも継続して重視されており、次のように視覚的に整理し直されています。

つまり2026年版は、「6つのコアタスク×標準化された教示」という2021年版の骨格を否定したわけではありません。著者らは論文中で「引き続き、統制された教示によるコアタスクの活用を推奨する」と明言しています。そのうえで、コアタスクだけでは対応しきれない臨床像(急性期のベッド上動作、小児の発達的動作、スポーツ復帰を目指す高機能患者など)に対応するための「もう一つの選択肢」として、ユニバーサル・フレームワークを追加した、という位置づけが正確なところです。
セラピストの評価プロセスの中での位置づけ——標準化アウトカム測定との違い
2026年版では、動作分析がセラピストの評価プロセス全体の中でどこに位置づけられるべきかについても、改めて整理が加えられています。
APTAのGuide to Physical Therapist Practice 4.0は、システムレビューの一環として、検査・測定を選択する前段階に「動作スクリーニング」を置くことを推奨しています。著者らはこの方針に同意しつつも、「運動システムの専門家」を自認するのであれば、単なるスクリーニングにとどまらず、動作機能不全に関わる要因についての仮説生成につながる体系的な分析へと発展させるべきだと主張しています。つまり、動作分析は評価の入口に置かれるだけでなく、そこで得られた観察結果が、その後どの検査・測定を選ぶかという臨床推論に直接接続される必要がある、という位置づけです。
また、著者らは動作分析と標準化されたアウトカム測定(6分間歩行テストやBerg Balance Scaleなど)の役割の違いについても明確に線引きをしています。動作分析は「運動機能不全に関する仮説を立てる」ことを目的とするのに対し、標準化アウトカム測定は「ベースラインを確立し、経時的な変化を数値化する」ことを目的とします。後者は動きの質そのものを評価する能力には限界があるとされ、両者は補完関係にあるものとして、治療経過を通じて反復的に併用することが推奨されています。ただし著者らは、熟練した治療者であれば標準化テストの実施中に動作分析を重ねて行うことも可能である一方、経験の浅い治療者にとっては両方を同時にこなすのは難易度が高いだろうとも述べており、このあたりは中堅世代の読者の皆さんにとって実感を伴う指摘ではないかと思います。
さらに重要なのは、動作分析が初回評価だけで完結するものではないという点です。著者らは、治療期間を通じて高優先度タスクの動作を繰り返し再分析し、動きのパターンや戦略がどう変化したか、そしてその変化が基礎にある機能障害とどう関連しているかを継続的に評価・記録することを推奨しています。臨床推論は一度きりの直線的なプロセスではなく、治療経過とともに繰り返される循環的なプロセスである、というスタンスです。
3-5 代償運動は”異常”なのか——動作分析の落とし穴
ここまでMATフレームワークの意義を見てきましたが、2026年版の考察部分では、著者らが自ら動作分析という手法そのものに内在するリスクにも言及しています。中堅世代の読者にとって特に示唆的な部分だと思いますので、あえて一節を割いて紹介します。
著者らはまず、Fisher(2020年)の議論を引用しながら、脳損傷後に見られる動作の異常が、必ずしも神経病理そのものの直接的な結果とは限らないと指摘しています。むしろそれは、その人が置かれたシステムの制約の中で「より簡単で」「よりリスクが低く」「より効率的な」戦略として選ばれた代償的な動きである可能性がある、という視点です。つまり、動作分析で見えてくる”崩れ”や”ズレ”が、そのままイコール病理を意味するわけではない、ということになります。
一方で著者らは、これと相反するもうひとつの知見にも触れています。代償的な運動パターンを繰り返し使用することが、Jones(2017年)が指摘するように、皮質の再組織化に悪影響を及ぼし、より望ましい運動パターンの回復を妨げる可能性があるというものです。つまり代償動作は、短期的には合理的な戦略でありながら、長期的には回復の妨げになりうるという、単純には割り切れない二面性を持っています。
この二面性を踏まえたうえで、著者らは動作分析という手法そのものへの警鐘も鳴らしています。動作分析を「異常な動きを見つけるためのツール」として捉えすぎると、治療者の意識が運動の問題そのものに過度に集中してしまい、Joyce et al.(2023年)が懸念を示しているように、社会心理的要因や健康の社会的決定要因といった、運動以外の重要な要因を見落とすリスクにつながりかねません。動作の問題を見つけることが目的化し、それが臨床上の意思決定を支配してしまうことへの自己批判的な視点が、ここには明確に示されています。
この考え方は、MATの構成要素の定義そのものにも表れています。著者らは、あえて「正常な動き」と「異常な動き」の厳密な線引きを定義しようとはしませんでした。ある観察結果がその人の運動障害を反映するものなのか、それとも合理的な代償戦略なのかを最終的に判断するのは、治療者自身の包括的な臨床推論だという立場を取っています。論文中で挙げられている例が分かりやすいでしょう。歩行速度の低下は、パーキンソン病に見られるような一次的な運動障害そのものである場合もあれば、前庭機能障害による不安定さを補うための代償的な戦略である場合もあります。同じ「歩行が遅い」という観察所見でも、その背後にある意味づけは患者によってまったく異なりうる、ということです。
MATが提供する構成要素や手順は、あくまで観察のための”共通言語”であり、それ自体が診断を下してくれるわけではありません。最終的にその観察結果に意味を与えるのは、治療者の臨床推論である——この一節は、フレームワークを提唱した当の著者たちが、ツールの限界を冷静に見つめている姿勢の表れだと言えるでしょう。
バランス障害への臨床応用
3つの姿勢制御分類から10のバランス診断へ
ここまで見てきたMATフレームワークは、「動作をどう観察するか」という手法そのものを扱うものでした。一方、Gill-Body et al.(2021年)の論文は、このフレームワークを土台にしながら、バランス障害という具体的な臨床像に対する運動システム診断ラベルを提案しています。この論文はMAT原著論文と同時期・同じタスクフォースの姉妹関係にあるプロジェクトで、実際に論文中でもMATの観察可能な構成要素と6つのコアタスクを引用しながら議論が進められています。
Balance Diagnosis Task Force(9名、平均臨床経験25.5年)は、まず既存のバランス理論(Horak、Shumway-Cookらの枠組みなど)を統合し、姿勢制御(バランス)を以下の3つの制御戦略に分類することから作業を始めました。
これら3分類を、MATの6つのコアタスク(座位・立ち上がり・立位・歩行・段差昇降・リーチ/把持/操作)それぞれに当てはめることで、「このタスクのどのバリエーションを見れば、どの制御戦略の障害が検出しやすいか」という対応関係が整理されました。たとえば立ち上がり動作は、通常の遂行だけで予測的姿勢制御の障害が見えやすい一方、反応的姿勢制御の障害を検出するには、意図的な外乱を加えるなどの工夫が必要になる、といった具合です。
さらに作業部会は、この3分類だけでは臨床上の情報量として不十分だと判断し、それぞれの制御戦略の障害に関わる基盤要因(姿勢運動戦略、感覚処理、バランス自己効力感、垂直性、実行機能・多重課題能力など)を組み合わせることで、最終的に10のバランス診断ラベルへと展開しました。

この10診断は、単なる分類のための分類ではありません。論文内では診断ごとに、想定される動作観察所見・検査所見・介入方針までを一体化した「診断テンプレート」として整理されており、動作分析の所見から具体的な介入選択へと接続する仕組みが意図されています。ただし著者ら自身、10という数のラベルが臨床現場で運用するには煩雑になりうる可能性、また各診断の相互排他性・臨床的有用性について今後の検証が必要である点を明記しています。
まとめ
3本の論文を通じて見えてきたのは、「動作分析に共通言語を与えよう」という一つの大きな挑戦の、5年間にわたる進化の記録でした。
2021年に発表されたMATフレームワークは、運動連続体という時間軸の切り口、11の観察可能な構成要素、6つのコアタスクと標準化された教示、そしてリグレッション・プログレッションによる難易度操作という、体系立った”型”を初めて提供しました。同時期に発表されたバランス診断の枠組みは、この型を土台に、3つの姿勢制御戦略から10の診断ラベルへと展開し、動作観察から具体的な介入方針へとつながる道筋を示しました。
そして2026年の改訂は、現場のフィードバックを真摯に受け止めた結果でした。11の構成要素は8つに整理され、対称性は独立項目としては姿を消し、順序性とタイミングは一つになりました。何より大きな転換は、統制された初期条件を重視する姿勢から、患者固有の文脈を尊重するユニバーサル・フレームワークへの拡張です。これは型を捨てたのではなく、型だけでは拾いきれない現場の多様性に向き合った結果と言えるでしょう。
これらはいずれも、RCTのような実証研究ではなく、専門家の合意形成に基づく提言です。10の診断ラベルの相互排他性や、8つの構成要素の信頼性・妥当性の検証は、著者ら自身が「今後の課題」と位置づけている通り、まだこれからの領域です。
それでもなお、この一連の作業が示しているのは、”なんとなく”で行われがちな動作分析に、言語化された仮説生成のプロセスを与えようとする、地道で誠実な試みです。中堅世代の皆さんであれば、日々の臨床の中で無意識に行っている動作の見方の多くが、すでにこのフレームワークの構成要素と重なっていることに気づかれるかもしれません。だとすれば次の一歩は、その暗黙の観察を、同僚や後輩と共有できる言葉に変換していくことではないでしょうか。
Q&A
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MATフレームワークは、エビデンスとしてどの程度信頼できるものなのでしょうか?
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正直にお伝えすると、MATフレームワークもバランス診断の10ラベルも、RCTのような実証研究の結果ではありません。いずれも平均20年以上の臨床経験を持つ専門家たちによる、数年がかりの合議プロセスの産物(Perspective論文)です。2026年の改訂で行われた調査も、単一施設の30名という便宜的サンプルによる予備調査にとどまります。著者ら自身が繰り返し「今後、信頼性・妥当性の検証が必要」と明記しており、現時点では「専門家が合意した、有力な提案」という位置づけで捉えるのが正確です。
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2021年版と2026年版、どちらを使えばよいのでしょうか?
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対立するものではなく、補完関係にあります。著者らは2026年版でも「引き続き、統制された教示によるコアタスク(2021年版の6タスク)の活用を推奨する」と明言しています。そのうえで、コアタスクだけではカバーしきれない臨床像(急性期のベッド上動作、小児の発達動作など)に対応するための選択肢として、ユニバーサル・フレームワーク(2026年版)が追加されたと理解するのが適切です。
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11から8への構成要素再編で、「対称性」は見なくてよくなったということですか?
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いいえ、対称性という視点そのものが不要になったわけではありません。調査では、多くのセラピストが「対称性は、振幅や順序性など他の構成要素を観察する過程で自然と見えてくるものであり、独立した項目にする必要はない」と回答したことを受けて、独立した構成要素としては廃止されました。つまり、他の構成要素を観察する際に、左右差という視点は引き続き含まれている、という理解が正確です。
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バランス障害の10診断ラベルは、そのまま臨床で使ってよいものでしょうか?
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著者ら自身が、10という数のラベルは臨床現場で運用するには煩雑になりうる可能性、また各診断の相互排他性・臨床的有用性について今後の検証が必要である点を明記しています。現時点では、経験の浅いセラピストへの構造化された指針として、あるいは熟練したセラピストが自身の臨床推論を振り返るための参照ツールとして活用するのが妥当でしょう。
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動作分析さえできれば、運動システム診断ができるようになりますか?
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そう単純ではありません。3-5で紹介した通り、著者らは動作分析という手法そのものに内在するリスクにも言及しています。観察された”崩れ”が必ずしも病理そのものを意味するわけではなく、合理的な代償戦略である可能性もあります。また、動作分析に意識を集中しすぎることで、社会心理的要因や健康の社会的決定要因を見落とすリスクも指摘されています。動作分析はあくまで仮説生成のための”共通言語”であり、そこに意味を与えるのはセラピスト自身の包括的な臨床推論である、という点を忘れないことが大切です。
参考文献
- Quinn L, Riley N, Tyrell CM, et al. A Framework for Movement Analysis of Tasks: Recommendations From the Academy of Neurologic Physical Therapy’s Movement System Task Force. Phys Ther. 2021;101(9)
本記事の骨格をなす原著論文です。運動連続体、11の観察可能な構成要素、6つのコアタスクと標準化された教示、リグレッション・プログレッションという、MATフレームワークのすべての土台がここにまとまっています。まずこの1本を通読しておくと、以降の改訂版やバランス診断論文の理解が格段にスムーズになります。 - Gill-Body KM, Hedman LD, Plummer L, et al. Movement System Diagnoses for Balance Dysfunction: Recommendations From the Academy of Neurologic Physical Therapy’s Movement System Task Force. Phys Ther. 2021;101(9)
MAT原著論文と同時期に発表された姉妹論文です。動作分析の所見を、10のバランス診断ラベルというより具体的な臨床判断へとつなげる橋渡しの役割を果たしています。パーキンソン病患者のケース例を通じて、動作観察から診断・介入方針の決定に至る一連の臨床推論プロセスが詳細に示されており、実践的な示唆に富んでいます。 - Tyrell CM, Judd D, Riley N, et al. Movement Analysis of Tasks: An Update From the Academy of Neurologic Physical Therapy’s Taskforce. JNPT. 2026;50(2):96-107.
2021年版発表から5年、現場からのフィードバックを踏まえた改訂版です。11から8への構成要素の整理、ユニバーサル・フレームワークの提案など、”理論を作って終わり”にしない継続的な検証プロセスの実例として読む価値があります。特にDiscussionセクションでは、動作分析という手法そのものの限界にも自己批判的に触れられており、臨床推論のあり方を考えるうえで示唆に富む内容です。 - Hedman L, Rogers M, Hanke T. Neurologic Professional Education: Linking the Foundation Science of Motor Control With Physical Therapy Interventions for Movement Dysfunction. Neurol Rep. 1996;20:9-13.
MATフレームワークの土台である「運動連続体」の原典です。1996年発表と古い文献ですが、初期条件から準備・開始・遂行・終了・アウトカムへと至る動作の時間的構造という考え方は、今回ご紹介した2つの新しいフレームワークの根幹をなしています。運動連続体という概念そのものの成り立ちを知りたい方におすすめです。 - McClure P, Tevald M, Zarzycki R, et al. The 4-Element Movement System Model to Guide Physical Therapist Education, Practice, and Movement-Related Research. Phys Ther. 2021;101(3)
MATと同時期に発表された、別のアプローチによる運動システムモデルです。MATよりも少ない次元数で動きを捉える設計になっており、両モデルを読み比べることで、「動作の要素をどこまで細かく言語化するか」という設計思想の違いが見えてきます。MATの特徴をより深く理解するための比較対象として一読をおすすめします。 - Fisher BE. Beyond Limits: Unmasking Potential Through Movement Discovery. Phys Ther. 2020;100(5):747-756.
3-5でご紹介した「代償運動は異常なのか」という論点の土台になっている文献です。脳損傷後に見られる動きが、必ずしも神経病理そのものの直接的な結果とは限らず、システムの制約の中で選ばれた合理的な戦略である可能性を論じています。動作分析における”異常探し”に偏りすぎないための視座を与えてくれる一本です。 - Jones TA. Motor Compensation and Its Effects on Neural Reorganization After Stroke. Nat Rev Neurosci. 2017;18(5):267-280.
Fisher(2020年)の視点と対をなす文献です。代償的な運動パターンの反復使用が、皮質の再組織化に悪影響を及ぼしうるという知見を扱っています。代償動作の”短期的な合理性”と”長期的なリスク”という二面性を理解するうえで、あわせて読んでおきたい一本です。 - Joyce CT, Beneciuk JM, George SZ. Concerns on the Science and Practice of a Movement System. Phys Ther. 2023;103(12).
運動システムという概念そのものへの批判的検討を行っている文献です。動作の問題を見つけることに意識が集中しすぎることで、社会心理的要因や健康の社会的決定要因が見落とされるリスクを指摘しています。MATフレームワークを”万能なツール”として過信しないための、バランスの取れた視座を与えてくれます。
橋谷裕太郎(KNERC)
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