ブログ

なぜ脳卒中患者は立ち上がりに失敗するのか?立ち上がり「5相モデル」の決定的瞬間とリハビリ戦略

コンテンツ

なぜ今、立ち上がり動作(STS)の「質」を問うのか?

立ち上がり動作(Sit-to-Stand: 以下、STS)は、ほぼ全ての日常生活動作(ADL)の基盤となる動作であり、その再建はリハビリテーションにおける最重要課題の一つである。

このSTS分析の「標準言語」を確立したのが、1990年に発表されたSchenkmanらの研究である。以前の記事立ち上がり動作の「なぜ」を解き明かす – 歴史的論文を再考する –』では、彼らが提唱した「4相分類」と「運動量利用戦略」の概念を詳細に解説した。

立ち上がり動作の「なぜ」を解き明かす – 歴史的論文を再考する –

しかし、Schenkmanが分析したのは厳格な統制下の「健常者」である。我々が臨床で直面する脳卒中患者は、彼らとは全く異なる非効率な動作を呈する。

  • なぜ麻痺側へ荷重できないのか?
  • なぜ前方への「お辞儀」が浅いのか?
  • なぜ動作開始に時間がかかるのか?

この臨床的な「なぜ」に答える鍵が、今回読み解く Mao et al. (2018) の論文である。

彼らは、亜急性期脳卒中患者のSTS動作を、Schenkmanの視点を発展させた「5相モデル」 を用いて分析。3Dモーション分析と床反力計を駆使し、「時間・角度・力」の3側面から健常者との決定的な違いを明らかにした。

本記事は、このMaoらの研究に基づき、脳卒中患者のSTS動作における「失敗の決定的瞬間」がどのフェーズに隠されているのかを解き明かし、我々セラピストが取るべき具体的なリハビリ戦略を考察するものである。

STS動作は「5つのフェーズ」と「6つの移行点」で詳細に分解できる

脳卒中患者の動作を健常者と比較するため、Maoらは客観的な分析枠組みを用いた。彼らはSTSという連続的な動作を、分析可能な不連続の「フェーズ(相)」に分解するモデルを採用した。

彼らが用いたのは、Galliら(2008)やParkら(2003)の研究 に基づく、6つの時間的移行点(Transitional Points)5つのフェーズ(Phases)で構成されるモデルである。

Maoらが定義したSTS動作の「5相モデル」と「6つの移行点」(Mao(2018)の図1を参考に作成)

分析の鍵となる6つの時間的移行点(T0〜T5)

  • T0(動作開始): 体幹が屈曲を開始する最初の時点 。
  • T1(最大股関節屈曲): 股関節の屈曲角度が最大になる時点 。
  • T2(膝伸展開始): 膝関節が伸展を開始する時点。「急激な過渡期」とも呼ばれる 。
  • T3(最大足関節背屈): 足関節の背屈角度が最大になる時点 。
  • T4(直立直前): 股関節と膝関節がほぼ完全伸展に達し、直立した時点 。
  • T5(安定立位): STS動作が終了し、安定した立位姿勢に達した時点(エンドポイント) 。

Maoらは、動作を時系列で詳細に分析するため、以下の6つの移行点(T0〜T5)を定義した。これらは3Dモーションキャプチャのマーカー(T0はT10マーカーの前方移動)や関節角度データから特定される。

5つのフェーズ(Phase I〜V)の定義

上記の6つの移行点によって区切られる5つのフェーズは、以下のように定義される

  • Phase I(体幹前方移動期): T0(体幹屈曲開始)から、殿部が椅子から離れる(床反力が増加し始める)直前まで 。
  • Phase II(離殿〜最大股関節屈曲期): 殿部離床から、T1(最大股関節屈曲)まで 。
  • Phase III(膝伸展開始〜最大足関節背屈期): T2(膝伸展開始)から T3(最大足関節背屈)まで 。
  • Phase IV(最終伸展期): T3(最大足関節背屈)から T4(直立直前)まで 。
  • Phase V(安定化期): T4(直立直前)から T5(安定立位)まで 。

脳卒中患者の分析における本モデルの有効性

Maoらの研究の核心は、この分析モデルに基づき、脳卒中患者(25名)と健常者(17名)の「時間」「運動学(Kinematics:角度や速度)」「運動力学(Kinetics:力やモーメント)」を各フェーズ・各移行点で徹底的に比較した点にある。

なぜ、このような詳細な動作分解が脳卒中患者の分析に有効なのであろうか。

著者らによれば、先行研究ではSTS動作中の「どの特定のフェーズ」が脳卒中患者にとって決定的に重要なのかが不明確であった 。従来の総時間や成功/失敗といった大まかな評価では、具体的な運動障害の原因を特定するのが困難だったからである 。

However, which specific phases are particularly crucial during the STS motion remains unclear. (Mao,2018)

However, detailed phase analysis in STS is still limited which affects the further understanding of the specific motion deficits in stroke survivors during STS. (Mao,2018)

本研究で採用された5相モデルのような詳細な動作分解分析は、脳卒中後のSTS動作中に生じる「典型的な変化のパターン」を特定することを可能にする

つまり、「動作のどの瞬間に(Timing point)」「どのような質的変化(運動学的・運動力学的な変化)が起きているか」を特定することで、STSパフォーマンスの臨床評価に有用な情報を提供できる 。そして最終的には、個々の患者に最適化されたリハビリテーションプログラムの設計に貢献することが期待される 。

次の章からは、この分析によって明らかになった「決定的差異」を具体的に見ていく。

STSの遅延は「フェーズ1(初期体幹屈曲)」と「フェーズ4(最終伸展)」で起きていた

臨床において、我々は脳卒中患者のSTSが健常者よりも「遅い」ことを経験的に知っている。Maoらの研究は、まずこの時間的な遅延が、5相モデルの「どのフェーズ」に起因するのかを定量的に特定した。

分析の結果、STSの総時間(T0からT5まで)は、健常者群と比較して脳卒中患者群で有意に延長していた

重要なのは、その内訳である。下記の右図は、5つの各フェーズの所要時間を示している。

5つのフェーズにおける所要時間の比較(Mao(2018)の図3を参考に作成)

このグラフが示すように、両群間で統計的に有意な差(*)が認められたのは、フェーズ1とフェーズ4のみであった。

  1. フェーズ1(初期体幹屈曲期)の遅延
    健常者群が平均0.43±0.09秒で完了していたのに対し、脳卒中患者群は平均0.76±0.62秒と、有意に時間がかかっていた (p=0.049) 。
  2. フェーズ4(最終伸展期)の遅延
    健常者群が平均0.63± 0.14秒であったのに対し、脳卒中患者群は平均0.93±0.41秒と、こちらも有意に延長していた(p=0.008) 。

一方で、Phase II(離殿〜最大股関節屈曲)、Phase III(膝伸展開始〜最大足関節背屈)、Phase V(安定化)の所要時間には、両群間で有意な差は認められなかった。

臨床的示唆:Phase Iの遅延が意味すること

この結果は、脳卒中患者のSTSにおける「遅さ」の原因が、動作全体に均等にあるのではなく、特に「動作開始(フェーズ1)」と「動作終盤(フェーズ4)」に集中していることを示している。

Maoらは、特にフェーズ1の延長が重要であると考察している。フェーズ1は、Schenkman(1990)のモデルにおける「屈曲(Momentum Generation)」の局面に相当する。

このフェーズの時間がかかるということは、立ち上がりの初期段階からすでに速度が遅いことを意味する 。これは、前方への運動量(勢い)を効率よく生み出すことが困難であることを示唆しており、著者らは、その背景に体幹コントロールの不良や筋力低下が関連している可能性を指摘している 。

立ち上がりの成否は、離殿する(フェーズ2)よりも前の、このフェーズ1の戦略(いかに速く、深く体幹を前傾できるか)に大きく左右される可能性があり、臨床的な介入の重要なターゲットとなり得る。

運動学的な問題は「股関節屈曲不足」と「麻痺側膝の過伸展」にある

先ほど「時間」の問題を特定した。本章では、動作の「質」に関わる運動学、すなわち関節角度の問題を掘り下げる。

Maoらは、STS動作全体を通じた下肢の角度変化の軌跡(軌道)を比較した。

STS動作全体における下肢の角度変化(Mao(2018)の図2を参考に作成)

このグラフは、動作全体を通じた3つのパターンの違いを視覚的に示している。特に股関節では、健常者(点線)に比べて脳卒中患者群(実線・破線)の屈曲のピークが低く(浅く)なっていることが見て取れる。

この「決定的瞬間」の違いを、第1章で定義した移行点(T1, T4, T5など)で抜き出して比較したのが、下の図である。

各移行点における関節角度の比較(Mao(2018)の図4を参考に作成)

このグラフから、運動学的な2つの主要な問題点が明らかになる。

T1(最大股関節屈曲時)における股関節屈曲不足

健常者が効率的な立ち上がりのために体幹を深く前傾させ、股関節を屈曲させる(T1)のに対し、脳卒中患者はその角度が有意に浅かった。

具体的には、T1での最大股関節屈曲角度は、健常者群が平均 94.11°±9.40° であったのに対し、脳卒中患者群(麻痺側・非麻痺側の平均)は 84.22°±11.64°と有意に小さかった (p=0.022)

T4, T5(立位)における麻痺側膝の過伸展(ロッキング)

もう一つの顕著な特徴は、立ち上がり終盤(T4, T5)の膝関節角度である。

「T4膝関節」と「T5膝関節」の項目を見ると、麻痺側の膝関節屈曲角度は、非麻痺側と比較して有意に小さい(=伸展位に近い)ことがわかる。

  • T4(直立直前): 麻痺側 5.12°±5.25°に対し、非麻痺側8.21°±7.28° (p=0.039)
  • T5(安定立位): 麻痺側 0.03°±5.41°に対し、非麻痺側3.07°±6.71°(p=0.042)

これは、麻痺側では膝をほぼ完全に伸展させて「ロック」する戦略をとり、一方で非麻痺側はわずかに膝を屈曲させた状態を保つことで、不安定な姿勢を代償的に制御しようとしている可能性を示唆している。

臨床的示唆:「浅い股関節屈曲」がもたらす離殿の困難さ

これらの運動学的特徴、特に「浅い股関節屈曲」は、「フェーズ1の遅延」と密接に関連している可能性がある。

著者らは、T1での股関節屈曲が浅いということは、患者が前方へ十分に重心を移動させる前に(=十分な運動量を生成する前に)離殿を離床させようとしていることを示していると考察している 。

この不十分な前方移動戦略こそが、亜急性期脳卒中患者が立ち上がりに困難を感じ、離殿時に転倒しやすい根本的な原因の一つである可能性が強く示唆される

運動力学的な問題は「麻痺側の膝モーメント低下」と「非麻痺側の過剰代償」である

ここでは角度(運動学)の問題を特定した。本章では、立ち上がり動作の遂行に不可欠な「力」、すなわち運動力学の問題を解明する。

Maoらの研究は、脳卒中患者のSTSにおける非対称性の核心が、力の発揮パターンにあることを突き止めた。

麻痺側への荷重不足(床反力 GRF)

まず基本的な問題として、麻痺側の下肢で体重を支えられていない(荷重できていない)ことが挙げられる。

分析の結果、麻痺側の最大床反力(GRF)は、健常者群だけでなく、同一個体内の非麻痺側と比較しても著しく低下していた。これは、脳卒中患者がSTS遂行中に、麻痺側への荷重を避け、非麻痺側へ過度に体重を依存させる非対称な荷重パターンをとっていることを示している。

GRF decreased significantly at affected lower limb (4.61±0.73N) in comparison with the unaffected lower limb (6.69±086N) and healthy lower limb (5.85±0.53N;p<0.001, respectively).”

T2(膝伸展開始時)」の決定的差異

この荷重不足は、関節を発揮する力(関節モーメント)にどのような影響を与えているのか。その決定的瞬間が、下図に示されている。このグラフが示す運動力学的な問題点は、極めて明確である。

各移行点における関節モーメントの比較(Mao(2018)の図4を参考に作成)
  • 麻痺側膝モーメントの著しい低下
    「T2膝関節」、すなわち膝を伸展させ始めて身体を持ち上げようとする最も重要な局面において、麻痺側膝伸展モーメントは 0.39±0.29Nm/kg と、非麻痺側(0.77±0.25Nm/kg)の約半分であり、著しく低かった (p<0.001) 。
    この傾向は、T2の瞬間だけでなく、動作全体を通じた最大膝伸展モーメントにおいても同様で、麻痺側は非麻痺側より有意に低かった (p<0.001) 。
  • 非麻痺側膝モーメントによる過剰な代償
    さらに注目すべきは、非麻痺側の膝モーメントである。非麻痺側の値(0.77±0.25Nm/kg)は、健常者群の値(0.42±0.22Nm/kg)と比較して、統計的に有意に高くなっていた (p=0.006)。
    これは、麻痺側で発揮できない力を補うため、非麻痺側の下肢が過剰に代償していることを示している。

臨床的示唆:力の非対称性とタイミングのズレ

Maoらの分析は、脳卒中患者のSTSの問題が、単なる麻痺側の筋力低下だけではないことを示している。それは同時に、非麻痺側による「過剰代償」という非対称パターンの問題でもある。

さらに、本研究は「タイミング」のズレも指摘している。最大膝関節モーメントに達するまでの時間が、健常者群(0.60±0.09秒)と比較して、脳卒中患者群(1.14±1.06秒)では有意に遅延していた (p<0.001)。

STS動作中の下肢関節モーメント(Mao(2018)の図5を参考に作成)

つまり、麻痺側は「力が弱い」だけでなく、「力の発揮が遅れる」という問題も抱えている。

これらの運動力学的な知見は、リハビリテーションにおいて、麻痺側の大腿四頭筋や大殿筋の筋力強化、および対称的な荷重パターンの練習が不可欠であることを強く裏付けている。

本研究の限界と批判的吟味

Mao et al. (2018) の研究は、5相モデルを用いて亜急性期脳卒中患者のSTS動作の「時間・角度・力」の問題点を詳細に特定し、非常に価値のある知見を提供した。しかし、この知見を臨床に一般化する際には、本研究のデザインに起因するいくつかの限界点を理解しておく必要がある。

「現象」と「介入」の短絡的結論を避ける

本研究は、「麻痺側の膝モーメントが低い」という現象を明確に示した 。しかし、著者ら自身も限界として認めている通り、本研究は筋電図や筋力計による客観的な筋力・筋活動データを取得していない 。

したがって、その原因が純粋な「筋力低下」によるものなのか、あるいは「運動制御」の問題なのかを、この研究だけで特定することはできない 。臨床家は「モーメントが低い=筋トレが必要」と短絡的に結論づけるのではなく、目の前の患者のモーメント低下の原因がどこにあるのかを評価する必要がある。

対象者の均質性を吟味する

本研究の対象者は「亜急性期」とされているが、その定義は「脳卒中後14日から85日」と非常に幅広い。発症後2週間の患者と3ヶ月の患者が、同じ運動戦略をとるとは考えにくい。
実際、フェーズ1の所要時間(0.76±0.62秒)のように、標準偏差が平均値に対して非常に大きいデータも見られる。これは、データが広範にばらついている可能性を示唆しており、この「平均値」が亜急性期患者の典型的な姿であると単純に解釈することにはリスクが伴う。

「代償」の適応戦略と潜在的な弊害を考察する

非麻痺側の膝モーメントは健常者群よりも有意に高かった 。これを「過剰な代償」として修正すべき「悪いパターン」と捉えるのは早計である。麻痺側の出力が著しく低い状況下で立ち上がるためには、非麻痺側が代償的に出力を上げるのは、むしろ目標動作を遂行するための「必要な適応戦略」であるとも解釈できる 。

この適応は、患者が自立して立ち上がる能力を一時的に維持する「適応的な側面」がある一方で、非麻痺側への過負荷や、非効率な運動パターンの学習を固定化する「弊害(潜在的な問題)」も伴う。この代償を抑制することが、かえって患者のSTS遂行を困難にしないか、という適応と弊害の両面を考察する必要がある。

分析モデルの定義を理解する

本研究はSchenkman(1990)の4相モデルを基礎としているが、フェーズの定義、特に移行点の定義が異なる点に注意が必要である。Schenkmanが「離殿(Lift-off)」を分析の基軸(T=0)としたのに対し、MaoらはT0(体幹屈曲開始)からT5(安定立位)まで、より詳細な移行点を設定した 。この定義の違いは、脳卒中患者特有の「膝伸展開始(T2)」 や「最大足関節背屈(T3)」 を詳細に捉える点で優れているが、同時にSchenkmanらの研究データと単純に比較・統合することはできないことを意味する。

分析範囲の限界を認識する

著者も認めるように、分析は下肢と骨盤に限定され、上部体幹(首や肩)の運動は考慮されていない 。脳卒中患者特有のPusher現象や体幹の非対称性、あるいは体幹の過度な屈曲(代償戦略)が、下肢の運動学・運動力学データ(例:股関節屈曲角度や膝モーメント)にどのような影響を与えたのか、この研究だけでは解明できない 。下肢のデータだけを見て「下肢の問題」と結論づけることの危険性を認識する必要がある。

まとめ

本記事は、Mao et al. (2018) の研究を詳細に分析することで、亜急性期脳卒中患者の立ち上がり動作(STS)における根本的な障害が、単なる「筋力不足」ではなく、動作の特定の局面に集中した「時間・角度・力」の複合的な問題であることを解明した 。

Maoらが採用した5相モデルに基づく詳細な動作分解分析は、STS障害の原因が、動作のどの瞬間に生じているかを明確に特定した。

  • 時間的な問題は、STSの総時間延長の主な要因がフェーズ1(体幹の前方移動)フェーズ4(最終伸展)の遅延にあることとして示された 。特にフェーズ1の遅延は、前方への運動量生成の失敗を示唆する。
  • 運動学的な問題は、T1(最大股関節屈曲時)の股関節屈曲角度が健常者より有意に浅い(不足している)点に現れた 。これは、離殿前に十分な前方移動ができていないことを意味する。
  • 運動力学的な問題は、その非対称性において最も顕著であった。立ち上がりの重要な局面であるT2(膝伸展開始)において、麻痺側の膝伸展モーメントが著しく低い一方、非麻痺側が健常者よりも過剰に力を発揮して代償していることが明らかになった 。また、麻痺側は最大モーメント発揮が遅延していた 。

これらの知見から、我々セラピストは、STS障害の原因を「フェーズ」ごとに特定し、介入の焦点を絞ることができる。具体的には、「体幹の前方移動の速度」と「股関節屈曲の角度(前方移動の量)」(フェーズ1)の改善、および「T2の瞬間に麻痺側下肢へ荷重を促し、大腿四頭筋・大殿筋の力を活性化する練習」を重視することが、リハビリテーション戦略の核心となる 。

Q&A

なぜMaoらはSchenkmanの「4相モデル」ではなく「5相モデル」を使ったのか?

Schenkmanの4相モデルは健常者の戦略説明に優れているが、特定の病態を詳細に記述するには不十分な場合がある。Maoらが採用した5相モデルは、6つの移行点(T0〜T5)を用いることで、「膝伸展開始(T2)」や「最大足関節背屈(T3)」など、脳卒中患者の運動制御の切り替わりを詳細に捉えることができ、より臨床的な評価情報を提供する 。

非麻痺側の膝モーメントが健常者より大きいのは、悪いことなのか?

動作遂行という点では、この過剰なモーメント(力)は、麻痺側の不足分を補う必要な適応戦略として機能している。しかし、長期的には、非麻痺側の関節や筋肉に過度な負荷をかけ、非効率な運動パターンを固定化する潜在的な弊害も伴う 。リハビリテーションの目標は、非麻痺側の過度な依存を減らし、麻痺側の機能回復を促すことで、対称的で負担の少ない動作パターンを再獲得することである 。

非麻痺側の「過剰な膝モーメント」を、なぜ「代償」と結論づけられるのか?

非麻痺側の膝伸展モーメント(T2)が健常者群の平均 (0.42±0.22Nm/kg) と比較して有意に高かった (0.77 ±0.25Nm/kg;p=0.006) というデータに基づき、代償と結論づけられる。麻痺側の膝モーメントが著しく低い (0.39±0.29Nm/kg) ため、全体の運動量を維持し、身体を垂直に持ち上げるというタスクを達成するためには、非麻痺側が本来の負荷以上の仕事を引き受ける必要が生じる。これは、運動制御の非対称性が固定化されている証拠であり、麻痺側の機能不全を補うための運動力学的な適応として解釈される。

なぜ「亜急性期」(14〜85日)の患者のデータ解釈には注意が必要なのか?

本研究の対象期間は非常に幅広く、この期間内で患者の機能回復レベルは大きく変化するため、集団の均質性が低い可能性がある。例えば、フェーズ1の所要時間のように、平均値に対して標準偏差が非常に大きいデータが見られる (0.76±0.62秒)。これは、データが広範にばらついており、この平均値が亜急性期患者全体を一律に代表していない可能性を示唆する。回復初期と回復中期では運動戦略が異なる可能性があり、この研究の知見を個々の患者に適用する際には、その病期を考慮する必要がある。

橋谷裕太郎(理学療法士、KNERC)

参考文献

1)Mao YR, Wu XQ, Zhao JL, Lo WLA, Chen L, Ding MH, Xu ZQ, Bian RH, Huang DF, Li L (2018). The Crucial Changes of Sit-to-Stand Phases in Subacute Stroke Survivors Identified by Movement Decomposition Analysis. Front. Neurol. 9:185.
→本記事の核となる論文である。5相モデル(T0〜T5)を用い、亜急性期脳卒中患者のSTS動作における「時間、角度、力」の具体的な障害局所を定量的に特定した。

2)Schenkman M, Berger RA, Riley PO, Mann RW, Hodge WA (1990). Whole-body movements during rising to standing from sitting. Phys Ther. 70(10):638-48.
→STS研究の古典である。立ち上がり動作を初めて4相に分類し、「運動量利用戦略(Momentum-transfer strategy)」という力学的な概念を提唱したオリジナルの論文である。Maoらの研究の理論的土台であり、両論文を読むことで健常者と病態の戦略の違いを深く理解できる。

3)Galli M, Cimolin V, Crivellini M, Campanini I (2008). Quantitative analysis of sit to stand movement: experimental set-up definition and application to healthy and hemiplegic adults. Gait Posture. 28(1):80-5
→Maoらが採用した5相モデルの基盤となった先行研究の一つである。脳卒中患者のSTS動作における「定量的な非対称性」の分析手法を確立した論文として重要である。

4)Roy G, Nadeau S, Gravel D, Piotte F, Malouin F, McFadyen BJ (2007). Side difference in the hip and knee joint moments during sit-to-stand and stand-to-sit tasks in individuals with hemiparesis. Clin Biomech. 22(7):795-804.
→脳卒中患者のSTSにおいて、麻痺側と非麻痺側の股関節・膝関節モーメントの非対称性を詳細に分析した論文である。本記事で議論した「非麻痺側の過剰代償」のメカニズムを補完的に理解する上で有益である。

セミナー&オンラインサロンのご案内

①実践セミナーで深く学ぶ

臨床の疑問を、確かな分析技術をアップデートする一日になるように、様々テーマの勉強会を開催しています。

▼セミナー詳細・申込はこちらから
https://forms.gle/396L3wprJQjEKjKE6

②オンラインサロンで継続的に学ぶ

オンラインサロン「ネルクベース」 300本以上の動画、1200以上のコラム記事など、圧倒的な情報量でボバースとリハビリテーションを深く継続的に学ぶことができる会員制コミュニティです。

■ 提供コンテンツ例

  • コラム配信: ハンドリングのコツや最新の英文抄読など、毎週3〜4本配信。
  • 動画配信: ボバースインストラクターによるハンドリング解説などをショート動画で学べます。
  • ライブ配信: 論文抄読会や臨床相談会など、メンバー限定のライブ配信を毎週開催。
  • 臨床見学オンラインLIVE!: 実際の臨床場面を過去4年分、100本以上視聴可能。

    他にも、生活・維持期に関した訪問リハ情報、STが書くコラム、英文抄読におすすめの最新AI情報、
    スライドデザインに関する情報を毎月配信しています!!

■ 選べる2つのプラン

  • ベーシックプラン
    月額4,400円(税込)で10個のFacebookグループに参加可能。主催講習会の割引などの特典多数。
  • プレミアムプラン
    月額6,600円(税込)でベーシックプランの内容に加え、500本以上の臨床見学アーカイブ見放題、過去のKNERC主催の講習会見放題など、さらに充実した特典をご利用いただけます。

★新規ご入会の方は初月の月額料金が無料になります!

▼オンラインサロン詳細・入会はこちらから
https://knerc.or.jp/training/onlinesalon/

一覧に戻る