
コンテンツ
つまずきポイントが多すぎて手が足りない!
臨床場面において、複数の要因が複雑に絡み合う運動機能障害に対し、セラピストは日々頭を悩ませています。例えば、こんな場面に心当たりはないでしょうか。
「足関節の背屈を促したいのに、股関節が外旋して下肢全体が安定しない…」
「立ち上がり動作で、膝のロッキング・膝折れ・体幹の屈曲を同時にコントロールできない!」
このように、多数の構成要素が同時かつ相互に影響を及ぼし合う状況では、治療介入の優先順位付けや効果的なアプローチの選択は極めて困難です。患者さんのために最善を尽くそうとしても、問題の複雑さゆえに介入効果が分散し、明確な成果が得られないまま時間だけが過ぎてしまう…これは、多くの臨床家が共有する根深い課題と言えるでしょう。
そんな複雑な問題を解決するキーワードが「引き算思考」です。本記事では、「構成要素を2つまでに減らす」というシンプルにして強力な臨床戦略を提案します。この考え方は、単なる経験則に留まらず、Nicholai A. Bernstein(ニコライ・ベルンシュタイン)の「自由度の問題」をはじめとする運動制御理論、そして関連する科学的エビデンスによって深く裏付けられています。
臨床的洞察:運動課題における「構成要素の数」の重要性
小野が提唱する「構成要素を2つまでに絞り込む」という戦略の根底には、長年の臨床経験に裏打ちされた深い洞察が存在します。私の師匠であるMary Lynch Ellerington先生(IBITAシニアインストラクター、英国、理学療法士)は、運動課題の複雑性と患者様の遂行能力に関する、次のような非常に重要な原理を示してくださいました。
構成要素の問題が1つなら、患者さんは自分で動ける。
構成要素の問題が2つなら、患者さんは代償しながら動ける。
しかし構成要素の問題が3つになると、患者さんは動けない。
このMary先生の言葉は、初めて耳にすると、長年の経験から導かれた実践的な「経験則」のように聞こえるかもしれません。しかし、この一見シンプルな指摘の奥には、ヒトの運動制御システムが持つ普遍的な特性と限界が、驚くほど的確に捉えられていると私は考えています。
そしてこのMary先生の言葉を、私なりにセラピストの治療的介入という観点からさらに考察し、以下のように解釈しています。
構成要素の問題が1つなら、患者は一人で動ける。
構成要素の問題が2つなら、セラピストのハンドリングで代償なく動ける。
しかし構成要素の問題が3つになると、セラピストのハンドリングがあっても患者を助けることはできない
この解釈から導き出される一つの重要な結論は、私たちセラピストが治療介入を通じて患者様の潜在能力を最大限に賦活し、質の高い運動学習を効果的に促進し得る限界は、対象となる主要な問題構成要素が「2つまで」である、ということです。
さて、このような臨床的洞察は、一見すると経験に基づく実践知の集積に過ぎないように思われるかもしれません。しかし、運動制御理論および神経科学的知見に照らして詳細に検討すると、その背後には十分な理論的根拠が存在することが示唆されます。
ここからは、「問題となる構成要素を2つにまで減らす」アプローチについて、理論的背景と実践テクニックについて紹介したいと思います。
理論的背景:自由度の問題と課題複雑性
運動課題を単純化するための治療戦略、特に「問題となる構成要素を2つにまで減らす」アプローチについて、運動生理学者 Nicholai A. Bernstein(ニコライ・ベルンシュタイン)の運動制御理論を背景として考察してみます。
具体的には、ベルンシュタインの「自由度の問題」と運動学習における「自由度の凍結・解放プロセス」を核とし、これらがリハビリテーション、特に神経学的障害を持つ患者の運動制御の困難さをどのように説明し、治療戦略の妥当性を支持しうるかを検討します。
運動学習の核心:ベルンシュタインの「自由度の問題」とその段階的解決
運動制御における根源的な課題の一つとして、ニコライ・ベルンシュタインが1967年に提示した「自由度の問題」が挙げられます 。この問題は、ある運動目的を達成するために、身体が利用可能な関節の動き、筋収縮のパターンといった独立して変化しうる要素(すなわち自由度)が膨大に存在するという事実に起因します 。

例えば、上肢を空間内のある点に到達させるという比較的単純な動作においても、肩関節、肘関節、手関節、そして指の各関節が持つ複数の回転軸を考慮すれば、その組み合わせは膨大な数に上ります。これが運動の多様性と適応性を生む一方で、中枢神経系にとっては制御の複雑さをもたらす。もし脳が運動のたびに毎回ゼロから新しい運動戦略を生成するとすれば、その計算負荷は膨大なものとなるでしょう 。
ベルンシュタインは、運動を単純な指令の実行としてではなく、中枢神経系と感覚環境との間の「閉じた円環的相互作用」として捉え、フィードバックの重要性を強調した 。ベルンシュタインによれば、運動協調とは、この冗長な末梢の自由度によって生じる不確定性を克服する手段であり、運動学習とは、この膨大な自由度を効果的に制御可能なシステムへと転換していくプロセスであると定義されます。
この「自由度の問題」とその解決戦略としての運動学習の理解は、リハビリテーションの臨床において極めて重要な意味を持ちます。なぜなら、神経学的損傷を負った患者様は、健常者と比較して、この内在的な自由度の管理に一層深刻な困難を抱えることが多いためです。健常者にとっては、自由度の冗長性が環境変化への巧みな適応や多様なスキル獲得を可能にするという「利点」として機能する一方で、脳卒中をはじめとする神経学的疾患によってCNSの情報処理能力や運動指令の精度、感覚フィードバックの統合機能などが低下すると、この冗長性が逆に運動の非効率性、不安定性、あるいは予測困難性を増大させる「問題」としての側面をより顕著に露呈させるのです。
したがって、効果的なリハビリテーション戦略を立案する上で、私たちは単に特定の筋力や関節可動域といった個別要素の改善を目指すだけでなく、患者様がこの身体に内在する多数の自由度をいかにして効果的に組織化し、制御可能な状態へと再学習していくのか、そのプロセスを支援するという包括的な視点を持つ必要があります。ベルンシュタインが示した運動学習の段階的アプローチ、すなわち初期の「自由度の凍結(Freezing Degrees of Freedom)」から、熟練に伴う「自由度の解放(Releasing Degrees of Freedom)」、そして「環境の力の活用」へと至るプロセスは、この再学習を導く上での重要な指針となるでしょう。
運動学習の3段階モデル:自由度の段階的制御

ベルンシュタインは、運動スキルを獲得していく過程を、この「自由度の問題」を学習者が段階的に解決していくプロセスとして捉え、特徴的な3つの段階を提唱しました。このモデルは、新しい運動を学ぶ際に、CNSがどのように自由度を管理し、制御戦略を変化させていくかを説明しています。
第1段階:自由度の凍結(Freezing Degrees of Freedom)
運動学習の初期段階において、学習者は運動の複雑性(自由度)を低減するために、関与する関節の動きを固定したり、複数の身体部位の動きを一時的に連結させたりすることで、能動的に制御すべき自由度の数を減らそうとします 。
例えば、スキー初心者が膝や足をガチガチに固めて、体幹全体でバランスを取ろうとするのが典型的な例です。これにより、運動の選択肢が減り、CNSが管理すべきパラメータの数が削減され、課題遂行の安定性が一時的に優先されます。この「凍結」は、運動のぎこちなさを伴いますが、複雑な制御問題に対する初期の適応戦略として極めて重要です。
第2段階:自由度の解放(Releasing Degrees of Freedom)
練習を重ね、基本的な運動パターンがある程度安定してくると、学習者は凍結していた自由度を徐々に「解放」し始めます。これにより、個々の関節や身体セグメントがより独立して、かつ相互に協調して機能するようになります。この段階で、特定の課題文脈において機能的に連結された自由度のグループ、すなわち「協調構造(Coordinative Structures)」あるいは「シナジー(Synergies)」が形成され始めます。運動はより滑らかで効率的、そして環境の変化に対して適応的になります。
第3段階:自由度の活用(Exploiting Degrees of Freedom / Exploitation of Environment/Dynamics)
スキルがさらに高度に洗練されると、学習者は身体内外の受動的な力、例えば重力、慣性、床反力、筋腱の弾性などを巧みに利用できるようになります。これにより、筋活動を最小限に抑えつつ、効率的でダイナミックな運動を実現します。環境との相互作用の中で、運動はより自然で流れるようなものとなります。
この段階的モデルは、運動学習を動的なプロセスとして捉える視点を提供し、特にリハビリテーションにおいては、初期の介入で患者さんが効果的に自由度を「凍結」できるよう支援することの重要性を示唆します。神経学的障害を持つ患者が能動的に自由度を「凍結」できない場合は、治療的介入(特定の肢位での保持や徒手誘導など)によって、この「凍結」を外部から促し、管理可能な学習環境を創出する必要があるかもしれません。
「協調構造(シナジー)」の概念と自由度制御
ベルンシュタイン理論、そしてその後の運動制御研究において、「協調構造(シナジー)」は極めて中心的な概念です。これは、特定の運動課題を遂行するために、多数の筋骨格系の自由度が個別に制御されるのではなく、あたかも単一の機能的単位として、あるいは相互に依存し合う要素のグループとして組織化され、協調して働く状態を指します。
例えば、物を掴む際には、肩、肘、手首、指の多数の関節が、対象物の位置、形状、重さなどに応じて、あたかも一つの目的に向かってプログラムされたかのように協調して動きます。このとき、ある関節の動きが予期せず変化しても、他の関節がそれを補償するように動きを調整し、最終的な課題目標(物を掴む)を達成しようとします。これがシナジーの持つ自己組織化的な特性の一つです。
CNSは、個々の自由度(例:個々の筋の収縮レベルや個々の関節角度)を直接的かつ詳細に制御する代わりに、この協調構造という、より高次の、あるいは機能的な制御単位を活性化したり、そのパラメータを調整したりすることで、自由度の問題を効率的に解決していると考えられています。
したがって、運動学習とは、課題の要求と個人の能力、そして環境条件に応じて、適切な協調構造を形成し、それを状況に合わせて適応的に変容させ、洗練させていくプロセスであると捉えることができます。
「問題となる構成要素を2つに減らす」戦略:ベルンシュタイン理論的解釈
臨床的洞察として提示された「問題となる構成要素を2つにまで減らす」というアプローチは、ベルンシュタインの運動制御・運動学習理論、特に「自由度の凍結」戦略と「協調構造」の形成過程によって、その理論的妥当性を深く説明することができます。
「構成要素削減」は「自由度の凍結」戦略の治療的応用
治療対象となる運動課題が、複数の問題点(=制御すべき自由度の過剰さ、あるいは不適切な協調)によって阻害されている場合、セラピストが介入すべき主要な「問題となる構成要素」を意図的に2つに絞り込むことは、学習者が直面する自由度の数を人為的に制限し、制御問題を単純化する試みと解釈できます。これは、ベルンシュタインが記述した、運動学習の初期段階で学習者自身が無意識的あるいは意識的に行う「自由度の凍結」を、セラピストが治療的介入として意識的かつ戦略的に誘導・支援する形と言えます。
例えば、立ち上がり動作において、「体幹の前傾不足」「股関節伸展の遅れ」「膝関節の不安定性」という3つの問題が同時に存在する場合、これら全てに同時に注意を向け、修正を試みることは、特に運動機能や注意機能が低下している患者様にとっては極めて困難です。構成要素を2つ(例えば、「体幹の前傾」と「股関節伸展」のタイミング)に絞り込むことで、患者様は限られた神経資源をその2つの要素の関係性の学習と制御に集中させることができ、学習の初期段階における成功体験を得やすくなり、結果としてより効率的な運動パターンの獲得に繋がる可能性があります。
なぜ「2つ」が重要か?制御可能な自由度の限界と協調の初期単位
ベルンシュタインが指摘したように、学習初期に自由度を制限するのは、制御の「計算論的困難性」を軽減し、CNSが課題を処理可能な範囲に収めるためです。では、なぜ「2つ」という数が臨床的に意味を持つのでしょうか?
CNSの処理能力の限界
多数の自由度を同時に、かつ独立して制御しようとすると、CNSの情報処理能力の限界を超え、計算論的困難性が増大します。「2つの要素」という数は、CNSが初期の学習段階で、相互関係を理解し、安定的に制御しうる、あるいは予測可能な範囲で調整しうる自由度の数として、一つの現実的な上限に近い可能性があります。要素が1つであれば単純な制御で済みますが、2つの要素間の関係性(例:タイミング、力の協調、空間的配置)を学習することは、より複雑な運動パターンを構築するための基礎となります。
協調構造の基本単位
運動スキルは、複数の自由度が機能的な単位として組織化される「協調構造(シナジー)」の形成を通じて獲得されます。「2つの構成要素」に焦点を当てることは、このシナジー形成における最も基本的な単位、すなわち2つの要素間の協調関係を確立するプロセスと見なすことができます。
予測不可能性の低減
制御すべき要素が3つ以上になると、それらの間の相互作用の組み合わせは指数関数的に増加し、運動結果の予測不可能性が急激に高まります。これにより、安定した制御システムを構築し、試行錯誤を通じて学習を進めることが非常に困難になります。「2つ」に絞ることで、この予測不可能性を管理可能な範囲に抑え、学習プロセスを安定化させる効果が期待できます。
Maryの経験則の再解釈:自由度管理の観点から
前章で紹介したMary先生の経験則を、ベルンシュタインの自由度管理の観点から再解釈すると、以下のように考えられます。
構成要素1つ
制御すべき主要な自由度が1つに明確化され、単純化されている状態。CNSは比較的容易にこの単一自由度(あるいは高度に制約され、実質的に1自由度システムとして振る舞う課題)を管理し、目的の運動を遂行できます。これは、ベルンシュタインの学習段階における最も初期の、極度に単純化された制御に相当するかもしれません。
構成要素2つ
2つの主要な自由度を同時に、あるいは協調させて制御する必要がある状態。これは単一自由度の制御よりも格段に複雑性が増し、CNSの負荷も高まります。しかし、この段階では、患者様は一方の自由度をある程度安定させつつ他方を動かす、あるいは2つの自由度間で基本的な協調関係(初期のシナジー)を形成することで、たとえ代償的な要素を含みつつも、何とか運動を遂行しようと試みることができます。セラピストによる適切な環境設定やハンドリングは、この2自由度間の協調学習を効果的に支援し、代償を最小限に抑える役割を果たします。
構成要素3つ以上
制御すべき主要な自由度が3つ以上になると、それらの間の潜在的な相互作用の組み合わせは爆発的に増加します。これが、特に学習初期や中枢神経系に何らかの機能的制約を持つ患者様の、自由度管理能力の限界を超えてしまう状態と考えられます。CNSは、この複雑性を処理しきれず、安定した運動パターンを生成することができなくなり、結果として「動けない」という運動遂行の破綻、あるいは極めて非効率で不安定な試みしか観察されなくなるのです。
このように、臨床的洞察として語られる「構成要素の数」の問題は、ベルンシュタインが提起した運動制御の根源的な課題である「自由度の問題」と、それに対するCNSの適応戦略の観点から、その理論的妥当性を深く理解することができるのです。
構成要素を減らす実践テクニック

こちらの写真は足部のファシリテーションを行なって、Crook Ling(膝立ち)までもっていく場面ですが
問題となる構成要素が3つあります。
①股関節が外旋してしまう(崩れる)
②背屈しない
③底屈もしない
そして、ハンドリングをしている間、この3つの問題に常に対処しなければならないわけですが
「足関節を底屈しようと思っても、股関節が外旋して下肢全体がグラグラしてしまう」
「同様に足関節を背屈しようと思っても、股関節が外旋して下肢全体がグラグラしてしまう」
なんとかして下肢のグラグラを止めながらやってみると、底屈も背屈もしない…
このように、どうにもこうにも上手くいかなくて、Crook Lingに持っていけない
ということは臨床ではよく経験します。
さてここから、問題となる構成要素の数を減らすことをやってみます。

まずは下肢を90-90ポジション(股関節90°屈曲、膝関節90°屈曲位)にすることで
過剰に股関節が外旋しないように環境設定をします。
そうすると問題となる構成要素は底屈と背屈の問題の2つに減らすことができます。
このように同時に対処すべき構成要素をまず 2 つ以下に削ぎ落とすことが重要です。
「難しい! 上手くいかない!」と感じていたケースでも、この“引き算”を徹底すれば、動作が驚くほどスムーズに改善するはずです。
まとめ
「問題となる構成要素を2つにまで減らす」という臨床的アプローチについて、ベルンシュタインの運動制御・運動学習理論を基軸に、その理論的根拠と実践への展開を論じてきました。ここで、その核心となるポイントを改めて整理し、私たちセラピストがこのアプローチを効果的に活用するための要点をまとめます。
1. 「構成要素2つ削減」の理論的妥当性:自由度の問題への適応戦略
このアプローチの最も重要な理論的基盤は、ベルンシュタインが提起した「自由度の問題」と、それに対する中枢神経系(CNS)の適応戦略、すなわち運動学習初期における「自由度の凍結」にあります。過剰な自由度を前にしたCNSが、制御問題を単純化するために一部の自由度を制限し、少数の要素間の関係性から運動パターンを構築しようとするのは、極めて合理的なプロセスです。私たちが治療介入において意図的に構成要素を2つに絞ることは、このCNSの自然な学習戦略を治療的に支援し、加速させる試みと言えます。これにより、患者様は学習初期の混乱を避け、成功体験を積み重ねながら、効率的な協調構造(シナジー)形成の第一歩を踏み出すことが可能になります。
2. 「2つ」という数の実践的意義:制御可能な複雑性の境界線
臨床的経験則として示唆される「2つ」という数は、絶対的な規則ではありません。しかし、これは患者さんが一度に注意を向け、能動的に制御し、そして要素間の関係性を学習しうる複雑性の一つの実践的な上限を示唆しています。主要な問題構成要素を2つに限定することで、セラピストは環境設定やハンドリングを通じて他の自由度を効果的にサポートし、患者さんが課題の核心部分に集中できる状況を作り出すことができます。これにより、課題の複雑性は患者さんの現在の処理能力に見合ったものとなり、質の高い運動学習が促進されます。
3. セラピストの役割:戦略的自由度管理者としての臨床推論
このアプローチを真に有効なものとするためには、セラピストの臨床推論が不可欠です。その役割は、単に問題の数を減らすことではなく、以下の戦略的な思考と実践を含みます。
つまり、セラピストは、患者様一人ひとりの状態と課題特性に応じて、どの自由度を「凍結」させ、どの自由度の学習を「解放・促進」し、それらをどのように「協調」させていくのかを常に判断し、介入を調整し続ける「戦略的自由度管理者」としての役割を担うのです。
この「構成要素2つ削減」という視点は、複雑な運動機能障害に対する私たちのアプローチを整理し、より焦点の定まった、そして理論に裏打ちされたリハビリテーション実践を可能にするための一助となるでしょう。
Q&A
-
なぜ「問題となる構成要素を2つにまで減らす」というアプローチが、ニコライ・ベルンシュタインの「自由度の問題」の観点から特に有効だと考えられるのですか?
-
ニコライ・ベルンシュタインが提起した「自由度の問題」とは、身体の無数の「自由度(独立して動きうる要素)」を中枢神経系(CNS)がいかに効率的に制御し、目的のある運動を生み出すかという根源的な課題です。多数の自由度を個別に制御しようとすると、CNSに膨大な計算論的負荷が生じます。「問題となる構成要素を2つにまで減らす」というアプローチは、この自由度の問題を単純化するCNSの戦略、すなわち運動学習初期に見られる「自由度の凍結(freezing degrees of freedom)」を治療的に応用するものです。意図的に介入の焦点を主要な2つの構成要素に絞ることで、課題の複雑性を低減させ、CNSの計算論的負荷を軽減します。これにより、患者様は限られた神経資源をその2要素間の関係性の学習と制御に集中でき、安定した運動パターン獲得の基盤を効率的に築くことが可能になります。つまり、課題をCNSが処理可能な範囲に収め、運動学習の初期段階を効果的に支援するからです。
-
臨床で「構成要素を2つに減らす」アプローチを実践する際、課題分析や環境設定、ハンドリングにおいて最も重視すべきキーポイントは何でしょうか?
-
ここのアプローチの鍵は、どの自由度を制約し、どの2つの構成要素の学習に焦点を当てるかという戦略的な臨床推論にあります。
課題分析
患者さんが目標とする機能的課題を分析し、遂行を妨げている主要な構成要素を特定します。多数の問題点から、現在の学習段階で最も介入効果が高い2要素を見極めます。環境設定・ハンドリング
特定した2要素以外の自由度は、環境設定(例:治療ベッドの高さ、支持面の工夫など)やセラピストのハンドリング技術で一時的に制約・安定化させます。これにより、患者様は選択された2要素の制御と協調に注意を集中できます。ハンドリングは、不安定な自由度を支持するだけでなく、望ましい協調パターン(シナジー)の感覚運動体験をファシリテーションし、患者さんの能動的な運動探索を促すことが重要です。
※本稿は、KNERCのオンラインサロン「ネルク・ベース」に投稿された記事・動画を基に、加筆・修正を行ったものです。
- コラム【問題となる構成要素の数を2つにまで減らして治療せよ!】2024/1/26
- ※サロンメンバーは直接URLをクリックすれば記事へアクセスできます。
KNERC 小野剛
参考文献
1)ニコライ A ベルンシュタイン(著),工藤和俊(訳):デクステリティ巧みさとその発達.金子書房.2003
2)Shumway-Cook, A, & Woollacott, M. H. :Motor control:Translating research into clinical practice (5th ed.). Wolters Kluwer.2017
3) Bernstein, N. A:The Co-ordination and Regulation of Movements. Pergamon Press.1967
4)Suguru Arimoto et al: Iterative Learning without Reinforcement or Reward for Multijoint Movements: A Revisit of Bernstein’s DOF Problem on Dexterity. Hindawi Publishing Corporation Journal of Robotics,Volume 2010