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ハンドリングにおける想像力の重要性

はじめに

リハビリテーションにおけるハンドリングは、基本的かつ不可欠な技術になります。
しかしながら、この技術は単なる「手技」や「操作」にとどまらない側面を持っています。

多くの場合ハンドリングと聞くと、筋緊張の評価や姿勢アライメントを整えるための技術として捉えがちです。
しかし、ボバースコンセプトにおけるハンドリングでは、この認識は見直す必要があります。

ハンドリングには物理的な側面だけでなく、患者さんとの深い相互作用が存在します。
そしてこの相互作用において、私たち療法士自身の「想像力」が大きく関わっています。
経験を重ねるほど、この想像力の重要性を実感します。

この記事では、ボバースコンセプトにおけるハンドリングの本質と、その中でセラピストの「想像力」が果たす役割について、論文とともに解説していきます。

ハンドリングの本質:対話としての理解

ボバースコンセプトでは、ハンドリングを患者さんとの「対話」と表現します。

The “hands on” technical component involves the use of sensory inputs in the form of tactile and proprioceptive information from the hands to shape movement. By guiding the person’s sensory experiences during task performance, the therapist aims to re-educate the person’s own internal referencing system. The “hands on” component is not passive and must be an active learning process on the part of the person being facilitated. The therapist also uses their hands to perceive information both before and during “hands on” inputs, as the person responds . In this way, the treatment is a constant interaction between the patient and the therapist.

Bobath Concept Structural Framework (BCSF): Positioning Partial Aspects Within a Holistic Therapeutic Concept (Gabriele Eckhardt,2018)

“ハンズ・オン”の技術的要素には、動きを形成するために、手からの触覚や固有感覚情報といった感覚入力が含まれる。セラピストは、課題遂行中に本人の感覚体験を導くことで、本人の内的参照システムを再教育することを目的としている。”ハンズ・オン”の要素は受動的なものではなく、促通される側の能動的な学習プロセスでなければならない。またセラピストは、”ハンズ・オン”入力の前と入力中、相手の反応に合わせて、手を使って情報を知覚する 。このように、治療は患者とセラピストとの間の絶え間ない相互作用の対話である。

これは単なる比喩ではなく、治療における本質的な考え方を示しています。

複数の研究が、ハンドリングにおけるセラピスト-患者間の相互作用の重要性を指摘しています。

バース概念の理論的前提として「患者と治療者の対話(言語的・非言語的双方)」が治療効果の鍵である(Raineら,2007年)

この「対話」は基本的に言葉を介さない特別な会話です。セラピストの手を通じて患者さんに問いかけ、患者さんの身体を通じてその反応を受け取ります。まるでキャッチボールのように、この繊細なやり取りが続くのです。

研究によれば、この非言語的コミュニケーションはセラピストと患者さんが互いの状態を感じ合いながら治療を進める土台となります。現代的なボバースアプローチでは、この双方向性を重視し「インタラクティブ・ダイアログ(双方向対話)的アプローチ」と呼ぶこともあります。

経験豊富なボバース療法士の治療セッションにおいてこのインタラクティブ・ダイアログが観察可能な特徴である。さらに、インタラクティブ・ダイアログを構成する5つの領域(関係性、感知・知覚、内省、適応・反応、経験の持続)によって構成されるモデルである。(Eckhardtら,2016)

セラピストが患者さんの身体に触れることで、その瞬間から双方向のコミュニケーションが始まります。

この双方向性はGrahamら(2009年)やViebrockら(2010年)の論文でも強調されており、ボバースアプローチは本質的に「対話的な問題解決型アプローチ」であり、治療中の継続的再評価と適応が行われることが示されています。

私たちは手を通じて情報を送り、同時に患者さんの反応を感じ取ります。この繊細な対話の中で、患者さんの動きの質を高め、より効率的な運動パターンを引き出していくのです。

対話の4つの要素

ボバースコンセプトに基づくハンドリングには、対話の要素として以下の4つが挙げられます:

  1. 感覚情報を通じた相互作用:患者さんの感覚情報に働きかけ、神経系の反応を引き出すことを重視します。セラピストは患者さんの身体に触れることで、動きや姿勢制御に関する情報を「読み取り」、同時に適切な刺激を与えます。複数のボバース関連の文献では、この非言語的なコミュニケーションを通じて、互いの意図や状態を理解し合うことの重要性が指摘されています。
  2. 患者さんの主体性を引き出す:ハンドリングの本質は、患者さんが自ら動きをコントロールできるように促すことにあります。セラピストが一方的に動きを「操作」するのではなく、患者さんの反応を引き出しながら、動きの質を高めることを目指します。
  3. 治療的ハンドリングの実践:ボバースコンセプトでは、ハンドリングを通じて患者さんの非定型的な運動や代償運動を最小限に抑え、定型的な運動パターンを促進します。Levin & Panturin(2011)の研究では、正常運動パターンの再学習のために複数の感覚経路から刺激を与えることが推奨されています。
  4. 生活への応用を見据えて:ハンドリングは単なる動作の改善にとどまりません。患者さんの日常生活や活動への応用を常に意識して行われます。Vaughan-Graham & Cott(2017)の論文では、この生活応用視点がボバースインストラクターの臨床推論において重要な要素であることが示されています。

感覚入力と神経反応の関係

ボバースコンセプトにおけるハンドリングの科学的根拠として、感覚入力と神経反応の関係があります。運動制御には多様な感覚情報の統合が不可欠であることが研究で示されています。研究によれば、触覚、深部圧覚、関節位置覚といった感覚入力は、中枢神経系において運動制御のための重要なフィードバックとして統合されます。

感覚入力の参加はリハビリテーションにおける運動機能の回復に不可欠である。姿勢や動作を環境の変化に適応させる際、感覚フィードバックが基盤となって運動戦略の調整が行われる。(Wang et al,2018)

ボバースコンセプトでは、この感覚入力を通じた運動誘導を「ファシリテーション(促通)」と呼び、運動学習に利用しています。

ファシリテーションとは「効率的な運動パターンを促進するために感覚入力を操作すること」と定義されます。この理論では、適切な感覚刺激を加えることで患者がより良い協調的な筋活動や姿勢制御を引き出せる。(Graham et al,2009)

さらに重要な概念として、神経可塑性があります。これは中枢神経系が内的・外的な情報に応答してその構造や機能を再編成できる能力を指し、学習やリハビリによる機能回復の基盤となります。

中枢神経系はプラスチックであり、あらゆるスキル学習の根底に可塑性がある。(Raine,2007)

分析から想像へ

従来のハンドリングでは、評価・分析・治療に重点が置かれてきました。
筋肉の収縮パターン、関節運動、姿勢アラインメントなどの身体的な反応に焦点を当て、
それらを詳細に分析することが一般的でした。

たとえば、
【筋肉の収縮】いつ、どの筋肉が活動するか、その強さや持続時間、他の筋との協調性
【関 節 運 動】可動域の程度、動きの滑らかさや方向性
【 姿 勢 】重心線の位置、支持基底面、アラインメント

これらの観察は確かに重要で、治療の基礎となる情報を提供してくれますが、これだけでは患者さんとの「対話」は成立しません。

熟練したボバース療法士が単に身体反応を観察するだけでなく、患者の体験を理解しようとする「内省(reflection)」のプロセスを重視している。(Eckhardt et al,2016)

より深い理解と効果的な介入のためには、この内省的視点が必要なのです。

想像力の必要性

効果的なハンドリングのためには、観察に加えて患者さんの内的体験(どう感じて、どう動こうとしているか)を想像する力が不可欠です。これは、ボバースコンセプトで重視される患者さんとの「対話」の本質にも関わる部分です。

ボバースコンセプトにおいて、セラピストの究極的な目標の一つは、患者自身の「内部参照枠(internal referencing system)」を再教育することです。(Raine,2007)

外部から与えられる適切な感覚刺激の経験を通じて、患者は「正しい動作時の感じ」を自分の感覚として学習し、徐々にセラピストの助けなしに自力でその感覚を再現できるようになるのです。

具体的には、以下のような患者さんの体験を想像する必要があります:

感覚体験の理解

  • ・その感覚は心地よいものなのか
  • ・不安や恐怖を感じていないか
  • ・どの程度の安定感を得られているか
  • ・新しい動きへの期待はあるか

意図の把握

  • ・なぜその反応が生じたのか
  • ・どのような動きを目指しているのか
  • ・どんな目標を達成したいと考えているのか
  • ・動きたくない理由は何か

同じ筋収縮や姿勢変化であっても、その背景にある患者さんの体験は大きく異なる可能性があります。

例えば・・・

ポジティブな体験として

  • 安定感を得られての自然な動き
  • ・「これなら安全に動ける」
  • ・「もっと動いてみたい」
  • 新しい可能性への挑戦
  • ・「できそうな気がする」
  • ・「次はこうしてみよう」

防御的な体験として

  • 不安や恐怖による緊張
  • ・「怖くて動けない」
  • ・「転びそうで怖い」
  • バランスの不安定さへの対処
  • ・「ふらつきそうで不安」
  • ・「支えが欲しい」

実践的アプローチ:想像力を活かしたハンドリング

具体的な例として、立位治療での側方への体重移動を考えてみましょう。

従来であれば、体重移動時に
 ①体幹筋の筋活動が増加する
 ②股関節のアラインメントが変化する
 ③足関節外反が出現する        など
身体部位の反応といった身体的な観察に留まりがちです。

しかし、体重移動時に背筋群の筋活動が確認できた場合、
この同じ現象でも、患者さんによって全く異なる意味を持つことがあります。

ある患者さんにとっては、
新しい姿勢での安定感を得られたことで生じた自然な反応かもしれません。

一方で別の患者さんでは、
後方への不安や恐怖から生じた防御的な反応かもしれません。

ボバースインストラクターがこうした患者の内的体験の違いを認識し、それに応じて介入方法を調整している。(Vaughan-Graham & Cott,2017)

このような「臨床的知恵(phronesis)」が、効果的なハンドリングの鍵となります。

この理解に基づいて、私たちの介入方法も変化させる必要があります

ボバースコンセプトにおけるファシリテーションの理論によれば、適切な感覚刺激を通じて患者さんの神経系に働きかけ、より効率的な運動パターンを引き出すことができます。

ボバースコンセプトは、「複数の感覚経路からの刺激を通じて原始反射を抑制し正常な運動パターンを再学習させる」アプローチである。(Wang et al,2018)

防御的な反応が想像される場合、まずは環境の調整や心理的な安心感の提供から始める必要があるかもしれません。

一方、新しい可能性を感じている患者さんに対しては、その意欲を活かしながら、段階的に難易度を上げていくアプローチが効果的かもしれません。

効果的なハンドリングのために

私たちは患者さんの表情や呼吸の変化、全身の緊張度といった細かな変化にも注意を払いながら、
その意味を想像していく必要があります。

それは単なる推測ではなく、専門的な知識と経験に基づいた、創造的な理解の過程なのです。

情報(感覚入力)の操作により中枢神経系の構造的編成を変化させることができる。繰り返し提供される正しい感覚入力が中枢内に新たな経路の形成や機能再編を促す根拠となっている。(Raine,2007)

インタラクティブ・ダイアログの5つの領域(関係性、感知・知覚、内省、適応・反応、経験の持続)は、まさに技術的側面と想像力の融合を示すものです。両者が調和することで、より効果的なハンドリングが実現できるのです。(Eckhardt et al,2016)

それは、まさに患者さんとの真の対話を通じた、治療的な関係性の構築につながっていくのです。

おわりに

ハンドリングの技術向上には、確かな専門知識と実践的な経験が必要です。解剖学的な理解、運動学的な知識、そして豊富な臨床経験。これらは確かに重要な要素です。

しかし、それだけでは十分ではありません。

私たちは、患者さんの内的体験を想像する力を持つことで、より深い治療的関係を築くことができます。

筋収縮や関節運動の観察は、あくまでも患者さんからのメッセージの一部です。
その先にある患者さんの感覚、思考、意図を想像することで、
私たちのハンドリングは単なる手技から、対話へと進化していくのです。

これからも一人一人の患者さんとの出会いを大切にしながら、ハンドリングの技と心を磨いていきたいと思います。

最後に、あるボバースインストラクターの言葉です。

“反応をみるということは、セラピストが加えた刺激に対して
それを患者さんがどう感じ取って、何を考えて、どう動こうとしてくれるか
っていうことをいかに深く想像できるかだ”

この視点は、ほとんどのセラピストへの大切な気づきではないでしょうか。

※本稿は、KNERCのオンラインコサロン「ネルク・ベース」に2020年11月4日に投稿された内容を基に、加筆・修正を行ったものです。(https://www.facebook.com/groups/396455694651710/posts/461898318107447/

KNERC 小野剛

参考文献

  1. Raine, S. (2007). The current theoretical assumptions of the Bobath concept as determined by the members of BBTA. Physiotherapy Theory and Practice, 23(3), 137-152.
  2. Eckhardt, G. et al. (2016). Interactive-dialogue in the Bobath concept: A mixed methods study. International Journal of Therapy and Rehabilitation, 23(2), 81-90.
  3. Graham, J. V., et al. (2009). The Bobath concept in contemporary clinical practice. Topics in Stroke Rehabilitation, 16(1), 57-68.
  4. Levin, M. F., & Panturin, E. (2011). Sensorimotor integration for functional recovery and the Bobath approach. Motor Control, 15(2), 285-301.
  5. Wang, W., et al. (2018). Therapeutic effects of sensory input training on motor function rehabilitation after stroke. Frontiers in Neuroscience, 12, 958.
  6. Vaughan-Graham, J., & Cott, C. (2017). Phronesis: Practical wisdom – The role of professional practice knowledge in the clinical reasoning of Bobath instructors. Journal of Evaluation in Clinical Practice, 23(5), 935-948.

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