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はじめに
- ボバースコンセプトを学ぶ上で、多くのセラピストがMBCP(Model of Bobath Clinical Practice)の評価・記録に悩むことが多いかと思います。
- 「何を書けばいいの?」「人によって書き方が違う…」「研修会で学んだ言葉の使い方が分からない」・・・・この記事は、そんな悩みに応えるためにMBCP徹底解説というテーマで記事を作成しました。
MBCPは、ボバースコンセプトにおける臨床推論と実践のための統合的なフレームワークであり、単なる記録用紙ではなく「思考プロセス」そのものを示します。
この記事を読めば、MBCPの背景から具体的な評価・記録方法までを理解し、明日からの臨床で自信を持って活用できるテンプレートとして役立てることができるかと思います。
各評価項目の視点(WHY/WHAT/HOW)や豊富なキーワード・具体例を通して、あなたの臨床推論を深め、質の高いリハビリテーション実践へと繋げられるようになります。
-この記事でわかること
- MBCPの成り立ちと全体像
- MBCPの主要構成要素の詳細解説
- 明日から使える評価・記録テンプレート(キーワード・具体例付き)
MBCPとは?
MBCP誕生の背景と歴史
ボバースコンセプトは世界的に広く実践されていますが、その臨床応用には多様性があり、介入研究や教育における一貫性の確保が課題でした。この課題に対応するため、国際ボバースインストラクター養成協会(IBITA)の教育委員会は、2007年から数年をかけ、メンバーからのフィードバックを反映させながらMBCPを開発しました。これにより、ボバースコンセプトの臨床実践における共通言語と枠組みが提供されることになりました。
なぜMBCPが臨床で重要なのか?
MBCPは、セラピストが複雑な臨床情報を整理し、体系的な臨床推論を行うための道標となります。これにより、評価、治療計画、介入、再評価という一連のプロセスに一貫性が生まれ、治療の質を高めることができます。また、チーム内での情報共有やカンファレンス、学生や後進の指導、さらには臨床研究においても、共通理解の基盤として非常に重要です。

MBCPの全体像:モデル図で理解する思考プロセスとICFとの関連
MBCPは、ICF(国際生活機能分類)の考え方と整合性があり、単に機能障害だけでなく、活動や参加レベルまでを視野に入れたアプローチを重視します。以下のモデル図は、MBCPの構成要素とその相互作用、そして臨床推論が反復的なプロセスであることを示しています。

MBCPを用いた評価の6ステップ
このセクションでは、MBCPの実践的な評価・記録プロセスを6つのステップに分け、テンプレート形式で解説します。ご自身の担当ケースや、以下の架空症例Aさん(40代女性、左MCA脳卒中後右片麻痺と仮定)を思い浮かべながら読み進めてください。
【評価の視点(WHY/WHAT/HOW)について】
このセクションの各ステップでは、【評価の視点】として3つの問いに対する答えを意識することで、評価の目的、内容、方法を明確にしながら進めていきます。
- WHY(なぜ評価するのか): その評価項目を実施する目的や根拠を示します。なぜこの情報を集めることが、患者さんの問題を理解し、より良い治療計画を立てる上で重要なのかを明確にします。
- WHAT(何を評価するのか): その評価項目で具体的に観察・測定・聴取する対象を示します。どのような要素や側面に着目して情報を集めるのかを定義します。
- HOW(どのように評価するのか): 評価情報を得るための具体的な方法や手段を示します。どのような手技、検査、観察方法、質問などを用いて評価を進めるのかを記述します。
【Positive(P)とNegative(N)の両面から評価する理由】
臨床場面では、患者の状態を多角的かつバランス良く捉えることが不可欠です。
MBCPにおいて、各評価項目についてPositive(肯定的側面:患者ができること、強み、残存機能、治療への良好な反応、改善の可能性を示唆する要素など)とNegative(否定的側面:患者ができないこと、弱み、機能障害、活動制限の直接的な原因となっている要素、リスク要因など)の両面から情報を収集し、客観的な事実に基づいて記載することを推奨しています。
Positive側面を評価し明確にすることで、患者の残存能力や強みを最大限に活かした治療計画を立案できます。これは、治療目標の設定において現実的かつ希望を持てるものにするために重要であり、患者のモチベーション維持・向上にも繋がります。また、MBCPの臨床推論における「潜在性(Potential)」を見出す上で、ポジティブなサインは極めて重要な手がかりとなります。
一方で、Negative側面を正確に評価することで、取り組むべき主要な問題点、機能制限や活動制限の根本的な原因、潜在的なリスクなどを具体的に特定できます。これにより、的確な治療目標を設定し、効果的な介入戦略を策定するための明確な根拠が得られます。
このように、PositiveとNegativeの両側面を評価することは、患者の全体像を偏りなく深く理解し、より個別性の高い、効果的なアプローチを展開するための基盤となります。各ステップでの記載においても、この視点を意識する必要があります。
Step 1: 基本情報と患者の全体像の把握

このステップでは、患者の背景情報(個人因子、健康状態、環境因子)を多角的に収集し、ICFモデルに基づいて整理することで、個別性のあるリハビリテーションの基盤を築きます。また、患者と家族の希望や目標を明確にし、共有します。
【評価の視点(WHY/WHAT/HOW)】
- WHY: 患者の背景を多角的に理解し、個別性のあるアプローチの基盤を作るため。
- WHAT: 個人因子、健康状態、環境因子、患者さんの目標。
- HOW: 問診、カルテ情報、多職種からの情報、本人・家族からの聴取。
【注目すべきキーワード】
個人因子 | 年齢、性別、職業、役割、利き手、生活歴、価値観、性格、学習スタイル |
健康状態 | 診断名、発症日、合併症、既往歴、投薬状況、画像所見、リスク管理 |
環境因子 | 住環境(家屋構造、段差)、就労状況、社会資源、人的サポート(家族、介護者) 物理的環境、心理社会的環境、福祉用具(装具、杖) |
患者の目標 | 本人の希望、参加レベルの目標、活動レベルの目標、具体的動作 |
【記載例(症例Aさんの場合)】
個人因子 | 45歳女性、右利き、元会社員。夫と二人暮らし。退院し自宅での生活再建 趣味の旅行再開を強く希望。意欲は高い。 |
健康状態 | 左MCA領域脳梗塞後右片麻痺(発症後6ヶ月)。重度の右上下肢麻痺 失語症(運動性優位)高次脳機能障害(注意障害)。合併症に高血圧。 屋内移動は車椅子、一部介助でポータブルトイレ使用。 |
環境因子 | 自宅はマンション3階(エレベーター有)、室内段差少ない。夫は協力的だが日中不在。 |
患者の目標 | 「ポータブルトイレへの移乗が監視レベルで安定して行えること」 |
MBCPを支える3つの重要な構成要素

ここでは、詳細な評価・記録ステップに入る前に、MBCPの核となる3つの構成要素の概要を説明します。
これらは全体を通じて相互に関連し合いながら、ボバースコンセプトに基づく臨床実践と思考プロセスを形成します。
1. 機能的運動分析 (Functional Movement Analysis):
患者の実際の動作を詳細に観察し、典型的な動作パターンや効率的な運動と比較して、問題点や潜在的な能力を分析します。姿勢制御、感覚運動遂行能力、選択的な運動の質や連続性などが評価の焦点となります。(具体的な記録方法はStep2で詳述)
2. 熟練した促通 (Skilled Facilitation):
セラピストがハンドリング、言語的指示、環境設定を用いることで、患者の感覚入力を調整し、運動を導き、より効率的で質の高い動作を可能にすることを目指す治療的アプローチです。患者の反応を注意深く観察し、介入を常に調整します。(具体的な記録方法はStep3で詳述)
3. 臨床推論 (Clinical Reasoning):
機能的運動分析や促通への反応から得られた情報を統合し、患者の主要な問題点を特定(運動診断)、回復の可能性を見出し(潜在能力)、治療目標達成のための具体的な作業仮説を立て、それに基づいた治療計画を立案・修正していく一連の思考プロセスです。(具体的な記録方法はStep4で詳述)
Step 2: 機能的動作分析 – 動きの本質を見抜く観察力

このステップでは、患者が実際に行う様々な機能的動作を詳細に観察・分析し、運動の質、戦略、問題点を明らかにします。感覚運動遂行能力、姿勢制御、選択的運動の側面から、動きの本質に迫ります。
単に動作ができるかできないかだけでなく、その動きの質に着目することが重要です。効率的な運動と非効率的な運動(特に代償運動)を見極め、その背景にある要因を分析します。
【評価の視点(WHY/WHAT/HOW)】
- WHY: 課題遂行における根本的な問題を特定するため。(運動の「質」にも注目)
- WHAT: 感覚運動遂行能力、姿勢制御、選択的運動/運動の連続性。
- HOW: 実際の動作観察(起き上がり、座位、起立、歩行など)、課題分析、ハンドリング評価。
【項目の意味】
感覚/運動経験 | 患者様が運動中に得る感覚入力(触覚、固有感覚、荷重感覚など)の質や、運動を実行する際の運動出力(筋の活動性、筋緊張、麻痺、連合反応など)の状態を評価します。これらの主観的および客観的な感覚・運動の情報が、実際の動作の効率性やパターンにどのように影響しているかを捉えることを目的とします。 |
姿勢制御 | 患者が重力に抗して姿勢を維持し、バランスを調整する能力を評価します。これには、体幹や骨盤といったアライメントや安定性、支持基底面に対する身体重心のコントロール、また代償的な姿勢戦略や、感覚情報(視覚、前庭覚、体性感覚)の利用状況などが含まれます。 |
選択運動/運動のつながり | 特定の関節や身体部位を他の部分から分離して単独で動かす能力(選択運動)と、一連の機能的な動作において複数の関節や体節が協調して滑らかに連携する能力(運動の繋がり)を評価します。麻痺や過緊張、体幹の不安定性などにより、特定の部位の運動分離が困難であったり、異常な共同運動パターンや連合反応が出現したりすることが問題点として挙げられます。 |
【注目すべきキーワード】
感覚/運動経験 | 筋緊張異常(痙縮/低緊張)、筋力低下、関節可動域制限、選択的運動困難、 協調性低下、感覚鈍麻/過敏、固有受容覚障害、身体図式、視覚依存、連合反応 |
姿勢制御 | アライメント異常(非対称性)、重心制御能力、支持基底面(安定性)、 予測的姿勢調節(APA)、反応的姿勢調節、バランス能力、垂直性の認識 |
選択運動/ 運動のつながり | 運動の分離困難、異常運動パターン、運動開始困難、運動の連続性/タイミング不良、 効率性低下、代償戦略(固定、努力的) |
【記載例(症例Aさんの場合)】
感覚/運動経験 | 右上下肢は重度痙縮あり(N)。 右半身の表在感覚・深部感覚ともに重度鈍麻(N)。 左上下肢は筋力良好だが、代償的な過活動あり(P/N)。 |
姿勢制御 | 座位では骨盤後傾・右側方傾斜し体幹右側屈位(N)。 左への重心移動は可能だが、右への移動は困難(N)。 非麻痺側体幹の伸展活動は十分維持できている(P)。 立位(介助下)では右内反が出現することで、 右下肢への荷重不十分となり、左側に強く依存(N)。 |
選択運動/ 運動のつながり | 起立時、左上下肢での押し込みと体幹の屈曲パターンが強く出現(N)。 分離した選択的な運動は困難(N)。動作は非効率で努力的(N)。 連合反応は軽度だが、速度を上げると増強する(N) |
Step 3: 熟練した促通 – 潜在能力を引き出す治療的関わり

このステップでは、セラピストがハンドリング、言語、環境といった「熟練した促通」を行い、それに対する患者の反応を評価します。これにより、潜在的な能力や変化の可能性、治療の方向性を探ります。
【評価の視点(WHY/WHAT/HOW)】
- WHY: 治療的介入への反応から潜在能力を探り、治療の方向性を探るため。
- WHAT: 徒手的介入(ハンドリング)、言語的介入、環境調整への反応。
- HOW: 実際に多様な促通を試み、患者の反応(運動・感覚・認知・情動面)を注意深く観察・評価する。
【項目の意味】
ハンドリング | セラピストが患者の身体に直接触れることで、双方向のコミュニケーションを行いながら姿勢・運動制御を促します。特定のキーポイントへの触圧覚入力などを通じて、適切な筋収縮パターンや関節のアライメント、荷重を促進し、能動的な運動学習をサポートすることを目的としています。 |
言語 | 運動の遂行やその結果に関する口頭でのフィードバックを用いて、患者さんの運動学習を強化するアプローチです。パフォーマンスに関する情報提供や注意の焦点の調整、運動イメージの誘導などが含まれ、患者の認知機能や言語理解度に合わせて内容が調整されます。 |
環境 | 患者にとって最適な運動学習の条件を作り出すために、物理的な環境や課題の内容を調整することです。支持面の質や高さの調整、視覚的・触覚的な手掛かりの配置、課題の複雑性や負荷の段階的な調整などが含まれます。、適切な環境調整は姿勢の安定性や効率的な運動パターンに影響を与え得ます。 |
【注目すべきキーワード】
ハンドリング | 追従性、抵抗感、選択性、筋緊張の修正、アライメントの改善、運動連鎖の促通 キーポイント、固有受容感覚入力 |
言語 | 指示理解(単純/複雑)、状況理解、表出(意思/感情)、会話能力、 フィードバック効果(KR/KP)、動機付け、注意の方向付け |
環境 | 環境設定(高さ、面、支持物)、床反力の利用、軽接触支持(Light Touch) 課題難易度調整、視覚情報 |
【記載例(症例Aさんの場合)】
ハンドリング | 座位で骨盤帯へのハンドリングにより、軽度だが体幹の抗重力伸展活動が引き出される(P)。 しかし、右上肢への直接的な促通には抵抗感が強い(N)。 |
言語 | 単純な指示(「座ってください」)は理解可能(P) 複雑な指示や運動イメージの教示は困難(N) 注意が逸れやすい(N) 「言語指示で非麻痺側の過剰努力が増強する(N) |
環境 | 座面の高さを調整すると、起立時の左下肢の過活動がやや軽減する(P)。 壁への軽接触支持は立位の安定性向上に寄与する(P)。 |
Step 4: 臨床推論 – 点と点を線でつなぐ思考プロセス

このステップでは、これまでに収集した評価情報を統合し、患者の主要な問題点を特定(運動診断)します。そして、潜在能力を見出し、治療目標達成に向けた具体的な作業仮説を構築します。
【評価の視点(WHY/WHAT/HOW)】
- WHY: 評価情報を統合し、個別最適化された治療計画を立案するため。
- WHAT:潜在能力、運動診断、作業仮説。
- HOW: 評価情報の構造化(Positive/Negative)、知識(神経科学、運動学等)との照合、仮説思考。
【項目の意味】
潜在能力 | 神経学的な制約を認識しつつも、治療的介入(ハンドリング、環境設定、言語指示など)によって引き出される、または改善が見込まれる患者さんの良い側面や運動回復の可能性を指します。特にポジティブな要素に注目して記述されます。 |
運動診断 | 機能的運動分析や熟練した促通から得られた情報を統合し、患者さんの主要な運動機能障害とそのメカニズムを特定する機能的な診断です。特にネガティブな要素に注目して記述されます。 |
作業仮説 | 作業仮説は、運動診断で特定された主要な問題点と患者の潜在能力を基に立てられる、特定の治療的介入が患者の運動機能や状態にどのような変化をもたらすと見込まれるかを示す予測です。これは治療プログラム立案の根拠や指針となり、実際の介入を通してその有効性が検証され、必要に応じて見直されます。 |
【注目すべきキーワード】
潜在能力 | 神経可塑性、運動学習能力、残存能力、促通への反応性、 意欲、認知機能、予後予測因子、ポジティブサイン/ネガティブサイン |
運動診断 | 主要な機能障害、活動制限、参加制約、根本的原因、問題点の優先順位、代償戦略の意味 |
作業仮説 | 治療介入の焦点、期待される変化、検証可能な仮説 |
【記載例(症例Aさんの場合)】
潜在能力 | 単純指示への理解があり、ハンドリングでわずかながら体幹活動が引き出せる点に回復の可能性がある。 |
運動診断 | 右片麻痺に伴う重度の筋緊張低下・感覚障害により体幹の安定性低下(特に右側の体重移動困難、抗重力伸展活動が不十分)が、座位保持・起立・移乗動作における活動制限の主因である。左側の過剰な代償活動パターンが定着しつつある。失語症・注意障害も動作遂行に影響。 |
作業仮説 | 仮説①:適切なハンドリングと環境設定により、体幹(特に骨盤帯・胸郭)の安定性と抗重力伸展活動を促通すれば、座位の安定性が向上し、起立時の左側への過剰依存が軽減するだろう。 仮説②:右下肢への段階的な荷重練習(感覚入力の工夫を含む)を行えば、右下肢の支持性が向上し、立位・移乗の安定性が改善するだろう。 |
Step 5: 治療介入 – 仮説に基づいた治療実践
このステップでは、Step4で立案した作業仮説を検証するために、具体的な治療プログラムを計画し実行します。
患者の反応を見ながら、個別性の高いオーダーメイドの介入を展開していきます。
【評価の視点(WHY/WHAT/HOW)】
- WHY: 作業仮説を検証し、患者さんの目標達成を具体的に支援するため。
- WHAT: 具体的な手技、課題、環境設定、指導内容。
- HOW: 作業仮説に基づいた治療計画の実行と、治療中の柔軟な調整。
【記載のポイント】
どの仮説を検証するための介入かを明確にする。
治療に用いた姿勢、ハンドリングの部位・方向・強さ、課題の内容・難易度、
環境設定、言語指示の内容などを具体的に記述する。
患者の反応(成功、失敗、困難さ、疲労度、情動反応など)も記録する。
【記載例(症例Aさんの場合)】
介入① (仮説1検証): 座位にて、セラピストが後方から患者さんの骨盤を操作し、骨盤が前傾するように重心を前方・上方へ誘導する。そうすることで体幹の伸展活動と前方への重心移動を促通する。クッションで座面の安定性を確保していく。
介入② (仮説2検証): 左過活動が出現しない範囲で座面の高さを調整し、右足部が内反しないようにハンドリングして、右下肢への荷重練習(感覚入力の工夫を含む)を行えば、右下肢の支持性が向上し、立位・移乗の安定性が改善するだろう。
Step 6: 評価と再評価 – 変化を捉え、次につなげる
このステップでは、実施した治療介入の効果を定量的・定性的に評価し、作業仮説が支持されたか否かを検証します。この結果は、治療計画の継続・修正、あるいは新たな仮説構築へと繋がる重要なフィードバックとなります。
【評価の視点(WHY/WHAT/HOW)】
- WHY: 介入の効果を客観的・主観的に測定し、仮説の妥当性を判断、治療計画を洗練させるため。
- WHAT: 定量的指標の変化、定性的な動作の質の変化。
- HOW: 治療前後の比較評価(標準化された評価ツール、独自指標、動作観察)。
【注目すべきキーワード】
量的評価 | TUG, FRT, 10MWT, VAS, MAS, FIM, BBS, MMT, ROM, 筋電図など |
質的評価 | 運動の質(効率性、スムーズさ、対称性)、アライメント改善、安定性向上、 選択的運動改善、代償動作減少、速度、タイミング、耐久性 |
【記載例(症例Aさんの場合)】
量的評価 | Modified Ashworth Scale (MAS) 右下肢 2→1+に軽減。 座位での Functional Reach Test (FRT) 前方 5cm→8cmに改善。 |
質的評価 | 介入後、座位での骨盤後傾が改善し、体幹伸展位を短時間保持可能になった。 起立時の左側への依存度は依然強いが、以前よりわずかに右下肢への荷重が見られた。 |
【仮説検証とフィードバック】
評価結果が、Step4で立てた作業仮説を支持したか(Confirming)、部分的に支持したか(Partially Confirming)、あるいは否定したか(Disconfirming)を明確に記述します。この判断は、その後の臨床推論と治療計画の方向性を決定する上で極めて重要です。
評価結果 | 意味 | 臨床的意義 |
---|---|---|
Confirming (支持された/確認された) | 介入によって観察された患者の変化が、作業仮説で予測した通りの肯定的な結果であった。 | 現在の運動診断と作業仮説の妥当性が高いことを示唆する。セラピストは、この仮説に基づいて介入を継続・発展させるか、関連する次のステップや目標に進むことができる。 |
Disconfirming (否定された/支持されなかった) | 介入によって観察された患者の変化が、作業仮説で予測した結果と一致しなかった、あるいは期待した効果が見られなかった。 | 作業仮説が不正確であった、または介入方法が適切でなかった可能性を示唆します。この場合、セラピストはStep 4(臨床推論)に戻り、運動診断や仮説そのものを見直す必要がある。なぜ予測通りの結果が得られなかったのかを深く考察し、戦略を再構築する必要があル。 |
Partially Confirming (部分的に支持された) | 介入により、作業仮説で予測した変化の一部は見られたものの、完全ではなかったり、期待した程ではなかったり、あるいは一部の側面では効果があったが他の側面では効果がなかった、といった状況を示す。 | 作業仮説の方向性は概ね正しかったものの、仮説の焦点が広すぎた、あるいは他の要因が影響している、介入の強度や内容に調整が必要である可能性を示唆する。この場合も、セラピストは仮説のどの部分が支持され、どの部分が支持されなかったのかを分析し、Step 4(臨床推論)で仮説をより具体的に修正したり、Step 5(治療介入)で介入のパラメーター(強度、頻度、手技、環境設定など)を調整したりする必要がある。目標をより小さな構成要素に分解することも有効である。 |
【記載例(症例Aさんの場合)】
仮説①「座位での骨盤前傾と体幹伸展活動の促通による立ち上がり時の代償軽減」は、体幹前傾角度の改善と代償のわずかな軽減という点でPartially Confirming(部分的に支持された)。骨盤前傾の持続性と体幹伸展の活動量はまだ十分ではない。
仮説②「右下肢への適切なアライメントでの荷重と感覚入力による支持性向上と対称性改善」は、右下肢荷重比率のわずかな増加と本人の感覚変化、足部アライメント改善という点でPartially Confirming(部分的に支持された)。全体的な支持性や動作の対称性への影響はまだ限定的である。
この検証結果に基づき、→ Step 4(臨床推論:仮説修正・新たな仮説立案)/ Step 5(治療介入:介入戦略の調整・変更)へとフィードバックします。
【記載例(症例Aさんの場合)】
仮説①について、体幹伸展を持続させるための腹筋群の活動や、よりダイナミックな前方リーチ活動への展開が必要か検討する。仮説②については、荷重の量と持続時間、感覚入力の質(例:足底への異なるテクスチャーの刺激など)をさらに調整し、立位での課題へと段階的に移行する必要がある。
MBCPを活用する上でのヒントと注意点
MBCPは特定の手技リストではない
MBCPは特定の治療手技を指すものではなく、臨床推論を進めるための「思考の枠組み」です。大切なのは、個々の患者に合わせてこのフレームワークを柔軟に活用し、評価と治療を反復的に進めることです。
完璧より「分かりやすさ」を重視
MBCPの書き方に統一された形式はありません。自分自身が後で見返して理解でき、思考プロセスが追えること、他者にも伝わる可視化を優先し、形式に囚われすぎないことが大切です。
作業仮説は「検証」するための具体的な見通し
立てた作業仮説は、介入によって「本当にそうなるのか?」を検証するためのものです。そのため、「もし~のような介入を行えば、~のような(具体的な)変化が期待できるだろう」という、検証可能な形式で記述することが重要です。
MBCPに関するQ&A
- MBCPは難しそうに感じます。何から学べば良いですか?
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MBCPが難しく感じられるのは、それが単なる手技の羅列ではなく、患者中心の問題解決アプローチとしてのボバースコンセプトにおける思考プロセスを重視するモデルだからです。まず、MBCPの全体像と主要な構成要素(機能的運動分析、熟練した促通、クリニカルリーズニングなど)の定義と役割を理解することから始めましょう。MBCPは3つの主要な構成要素から成り立っています:機能的運動分析、熟練した促通、そして臨床推論です。次に、簡単な症例や実際のデモンストレーション動画などを通じて、MBCPの評価から治療への流れを具体的にイメージすることが有効です。そして最も重要なステップは、実際にMBCPワークシートなどを使って自分の担当症例を整理してみることです。
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機能的運動分析では、具体的に何を見れば良いのですか?
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機能的運動分析は、MBCPの中核をなす評価です。ここでは、特定の課題(例:立位、歩行)における患者の動きの質に注目します。単に「できるか/できないか」だけでなく、「どのように」その動きを行っているか、そしてそれが効率的か非効率的かを詳細に分析します。
具体的な観察ポイントとしては、開始姿勢、運動の開始、運動中の身体各部の協調性、運動の終了、最終的な姿勢などを分析します。効率的な運動の特徴と、非効率的な運動の特徴(過剰な努力、パターンの画一性、代償運動の多用、不安定性、二次的な問題の誘発)を評価します。正常な運動パターンをよく理解し、それと比較することで患者の特徴的な動きや代償戦略を見つけ出すと良いでしょう。
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クリティカルキューをどのように見つければ良いですか?
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評価場面で特に大事なこととして、その症例のポジティブな側面(潜在能力)を探すことを非常に重視しています。ネガティブな要素(問題)は治療が進めば明らかになるため、最初からすべてを洗い出そうとは考えていないとのことです。そして、この潜在能力(ポジティブな側面)が見つかり、問題(ネガティブな要素)とのギャップを上手く表現できると、やるべきこと(治療すべきこと)が見えてきます。実はこの「ギャップ」を見つけることこそが、「クリティカルキュー」を見つけることにつながります。
具体例としては、
①立位では股関節屈曲が強いにも関わらず、膝立ちでは股関節は伸展している。
②歩行中では下肢の振り出しは努力的なのに、階段昇段になると努力性が軽減する。このように2つ以上の動作や現象を比較しながら、ギャプを見つけると良いと思います。
- MBCPに何を記載したら良いですか?
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MBCPには、統一された決まった書き方が存在するわけではありません。書く人によって様々なスタイルがあり、非常に個人的なものとされています。重要なのは、書いたセラピスト自身が後から見て内容を理解し、臨床推論を振り返って反省できること、そして他者と共通言語で効果的に議論できるように記録することです。ただし、思考を整理し、共通言語としての機能を持たせるための基本的な枠組みや記録すべき主要な項目は示されています。これまでの説明で触れたMBCPの各構成要素とその関連性を参考に、ご自身の思考を整理し、記録に落とし込んでみてください。
-
Q: ボバース臨床実践モデル(MBCP)の記録を見ると、「運動診断」「潜在能力」「作業仮説」という項目がありますが、それぞれどのような内容を記載するのですか?初学者には難しく感じます。
-
これらの項目は、機能的動作分析や熟練した促通の中で得られた患者の情報(クリティカルキューズ)を整理し、自身の思考プロセスをまとめるためのものです。
「運動診断」は クリティカルキューズの中から、患者のネガティブな側面をまとめ、「抱えている問題点や状況」を記述する。
「潜在能力」は、クリティカルキューズの中から、患者さんのポジティブな側面をまとめ、「良い能力」や「特定の状況下で引き出される能力」を記述する。
「運動診断」(問題点)と「潜在能力」(良い能力)の両方を考慮して、「どのような治療が効果的か」「根本的な問題は何か」といった治療に関する自身の考え方や推測を記述する。
形式にこだわりすぎず、まずは観察や介入で感じた「問題点」「良いところ」「どうしたらもっと良くなるか」といった思考を、これらの枠に当てはめて記述していくことから始めてみるのが良いでしょう。
※本稿は、KNERCのオンラインサロン「ネルク・ベース」に投稿された記事・動画を基に、加筆・修正を行ったものです。
KNERC 小野剛、橋谷裕太郎
参考文献・リンク
- Michielsen M, et al. The Bobath concept – a model to illustrate clinical practice. Disabil Rehabil. 2019 Aug;41(17):2080-2092
- Eckhardt G, et al. Bobath Concept Structural Framework (BCSF): Positioning Partial Aspects Within a Holistic Therapeutic Concept. Am J Health Res. 2018;6(4):79-85.
- ボバースジャーナル:2018-2024:41(1)-46(2)