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立ち上がり動作の「なぜ」を解き明かす– 歴史的論文を再考する –

本記事は、1990年に発表されて以来、立ち上がり動作(STS)分析の「標準」として世界中の臨床家・研究者に引用され続ける Schenkman らの論文を徹底的に読み解くものである。なぜこの論文が「古典」となり得たのか、その核心である「4相分類」と「運動量利用戦略」の概念を、研究デザイン、運動力学データに基づき詳細に解説する。単なる要約に留まらず、この知見が現代のリハビリテーション臨床において「患者の動作をどう解釈し、どう介入するか」という問いに、いかに強力なフレームワークを提供し続けているかを再考する。

コンテンツ

立ち上がり動作の「力学的戦略」は、Schenkmanによって初めて明らかにされた

セラピストが立ち上がり動作(Sit-to-Stand: 以下、STS)を分析する上で、1990年に Margaret Schenkman らが発表した論文は、誰もが参照する最も重要な原著論文の一つである。

この論文の特筆すべき点は、単に動作を4つに相分けしたこと以上に、私たちが「なぜ」そのように立ち上がるのか、その根本にある「力学的戦略」を初めて明らかにした点にある。彼らは、この戦略の核心を「上半身の前方への運動量が、全身の前方および上方への運動量へと転換される ことであると記述した。

Forward momentum of the upper body is transferred to forward and upward momentum of the total body.(Schenkman,1990)

本記事は、この研究が、30年以上経過した現代の臨床推論にいかに必要なヒントを提供し続けているのかを、その精緻な実験デザインと力学的な知見から、改めて徹底的に再考するものである。

1990年以前の研究は、STSの「全体像」を力学的に説明できていなかった

日常生活におけるSTSの決定的な重要性

STSは、朝ベッドから起きる時、食事の席を立つ時など、私たちが日常生活を送る上で最も頻繁に行う、基本的な動作の一つである 。リハビリテーションの現場においても、患者に自立した立ち上がり動作を獲得することは、その後の歩行や移乗動作の前提となる、非常に重要な課題の一つとされている 。

先行研究の限界:「部分的」な分析

しかし、その機能的な重要性にもかかわらず、1990年以前、その運動学や動力学に関する研究報告は限られていた

当時すでに行われていたいくつかの研究は、立ち上がり動作の「選択された構成要素」について、重要な洞察を提供していた 。例えば、Jonesらによる頭部の軌跡に関する研究 、Fleckensteinらによる膝関節の可動域と股関節トルクの関係についての研究 、Rodoskyらによる下肢の運動とトルクの分析 などがそれに当たる。

著者らによれば、これらの先行研究のいずれも、静的および動的な「全身」の分析を提供するものではなかった 。

なぜ「全身」分析が必要だったのか

先行研究の多くは下肢のみの分析に留まっており、立ち上がり動作における上半身の役割を分析することはできなかった

著者らは、立ち上がり動作の力学を完全に解釈するためには、上半身と下半身の分節の力と運動を「同時に」分析することが不可欠であると指摘した 。先行研究では、立ち上がりの「なぜ(=全身の協調的な力学戦略)」が解明されておらず、Schenkmanらの研究は、この「全身の力学」という解明されていなかった部分を埋めることを目的としていたのである。

本研究が「標準」となり得た理由は、徹底的に制御された実験デザインにある!?

この論文が30年以上にわたりSTS研究の「基準点」として参照され続ける最大の理由は、その徹底的に制御された実験デザインにある。Schenkmanらは、個人差や条件の違いによって生じる動作の「ノイズ(ばらつき)」を最小限に抑え、ヒトの立ち上がり動作に共通する普遍的な力学パターンを抽出することを目指した。

被験者と環境設定の厳密な統制

彼らが設定した主な統制条件は、以下の通りである。

  • 対象者
    筋骨格系や神経筋系に既往のない、健康な若年女性9名(25〜36歳)に限定した 。
  • 椅子
    肘掛けや背もたれのない椅子を使用し、高さは被験者それぞれの膝関節高の80%に精密に調整された 。

  • 上半身の運動量を体幹と統一し、腕の振りによる影響を排除するため、全被験者が腕を胸の前で組むよう指示された 。
  • 足部
    足部の初期位置を統一するため、踵の位置を定め、足関節を背屈18度(下腿が垂直面からなす角度として定義)に設定した 。
  • 速度
    動作速度を一定にするため、メトロノーム(52回/分)を用い、「start」から「stand」までの1.2秒で立ち上がるよう指示された 。

これらの厳密な設定により、被験者は非常に再現性の高い、類似した動作パターンを示したことが報告されている 。

分析基軸の確立:「殿部離床(Lift-off)」

特に重要なのが、分析の基軸(時間 T=0)を「動作開始」という曖昧な時点ではなく、フォースプラットフォームで明確に検知できる「殿部離床(Lift-off)」の瞬間に設定した点である。これにより、被験者間や試行間で、各力学イベントが発生するタイミングを正確に比較することが可能になった。

この「再現可能なデータを得る」という科学的な厳密さこそが、本研究の知見を普遍的なものとし、後続の研究や臨床における議論の「土台」となったと言える。

立ち上がり動作は、力学的に明確に区別できる4つのフェーズで構成される

Schenkmanらは、得られた全身の運動学および運動力学データを分析した結果、STSは、明確に区別可能な4つの力学的フェーズ(相)で構成されると結論付けた 。

Schenkmanらが定義した立ち上がり動作の4相分類(Schenkman(1990)の図4を参考に作成)

各フェーズの力学的な役割と定義は以下の通りである。

Phase I:屈曲相 (Flexion Momentum)

  • 定義:動作開始から、殿部が椅子から離れる直前(Lift-off)まで 。
  • 力学的な役割:
    このフェーズの主要な役割は、体幹と骨盤を前方へ回転(屈曲)させることにより、上半身の前方への運動量(Momentum)を生成することにある 。この段階では、殿部と足部が床・椅子に接地しており、支持基底面が広いため、身体は本質的に安定している 。

臨床での再考:Phase I の失敗

臨床でよく経験する「身体の前方移動が不十分な状態で立とうとする」患者さんは、まさにこのPhase Iの戦略的失敗と解釈できる。
Schenkmanの視点で見れば、これは単なる「体幹や股関節の可動域制限」の問題ではなく、「前方への運動量を生成できていない」という力学的な問題である。その結果、Phase II以降で必要な運動量を、下肢の筋力(安定化戦略)のみで補おうとし、立ち上がりが「努力的」になる、あるいは失敗するという仮説が立てられる。

Phase II:移行相 (Momentum Transfer)

  • 定義:殿部離床から、足関節の背屈角度が最大になるまで 。
  • 力学的な役割:
    このフェーズの核心的な役割は、Phase Iで生成された上半身の運動量を、全身を前方かつ上方へ移動させるための運動量へと転換することにある 。この時期、身体の重心(COM)はまだ足部(新たな支持基底面)よりも後方にあるため、身体は「動的に不安定」な状態であり、制御が不可欠となる。また、股関節と膝関節の最大トルク(関節にかかる負荷)は、このPhase IIにおいて、離床直後に発生することが示された 。

臨床での再考:Phase II の恐怖

この「動的に不安定」な Phase IIは、患者が最も恐怖を感じる相でもある。
離床した瞬間に後方へ「ドスン」と落ちてしまう(Plopping)のは、Phase Iの運動量不足、あるいはPhase IIで運動量を制御する「体幹・股関節伸筋群の遠心性収縮」の失敗として評価できる。

Phase III:伸展相 (Extension)

  • 定義:最大足関節背屈から、股関節の伸展運動が停止する(股関節伸展角速度が0°/secになる)まで 。
  • 力学的な役割:
    このフェーズでは、重心(COM)が足部の支持基底面内に収まり、身体は準静的な安定性を獲得する。
    主なタスクは、股関節、膝関節、体幹を伸展させ、身体を垂直方向へ持ち上げることである 。

臨床での再考:Phase III の失速

Phase I, IIは遂行でき、離床は可能であるにもかかわらず、その後に「伸び上がれない」「失速してしまう」ケースも多く見られる。
この場合、問題は運動量の生成や制御ではなく、純粋にPhase IIIで身体を持ち上げるための「下肢(股・膝)の伸展筋力低下」である可能性が高いと推論できる。介入戦略も、運動学習(Phase I, II)から筋力増強(Phase III)へと切り替える判断材料となる。

Phase IV:安定相 (Stabilization)

  • 定義:股関節の伸展が停止した後、立ち上がり動作に伴う全ての運動が完了するまで 。
  • 力学的な役割:
    立ち上がり動作によって生じた身体の動揺を減衰させ、通常の静止立位姿勢の安定状態へと収束させるための調整期である。なお、Schenkmanらは、このPhase IVの明確な終了点を定義することは困難であるとし、本研究では詳細な分析の対象とはしていない。

各フェーズの運動学的特徴

Schenkmanらは、これらの各フェーズで観察される主要な運動学的イベントの発生順序と、運動量生成の鍵となる体幹の運動を詳細に報告している。

殿部離床を時間0として、主要な運動学的イベント(関節角度の最大値)が発生する平均タイミングと標準偏差を示す。この図から、各イベントの発生タイミングを時系列で追うことができる。特にPhase II (移行相)では、最大股関節屈曲、最大体幹屈曲、最大頭部伸展、最大足関節背屈の順でイベントが発生するという、一貫した運動の順序性が観察されたことがわかる 。

最大角度のタイミング(Schenkman(1990)の図6を参考に作成)

運動量生成の主要な要素である体幹の運動について、骨盤に対する体幹角度(Trunk/Pelvis Angle、細線)と、地面(空間)に対する体幹の絶対角度(Trunk Relative to Ground、太線)を比較している。興味深いのは、骨盤に対する体幹の屈曲(細線)はPhase Iで最大に達するのに対し、空間(地面)に対する体幹の絶対的な傾き(太線)はPhase IIで最大に達する点である 。これは、Phase Iで体幹と骨盤が一緒に前傾し、Phase IIでは骨盤が伸展し始めるのに対し、体幹はまだ前傾を続けるという複雑な協調運動を示唆している。

体幹の動き(Schenkman(1990)の図5を参考に作成)

健康成人は、最も効率的な「運動量利用戦略」を無意識に採用している

第3章で定義された4相分類が重要である理由は、単なる動作の分割にあるのではない。
健康な成人が「なぜ」このような順序で動作を遂行するのか、その「力学的戦略」を明らかにした点にある。

Schenkmanらの分析は、被験者らが下肢の筋力的な要求を低減させる、非常に効率的だが高度な制御戦略を採用していることを突き止めた。それが「運動量利用戦略(Momentum-transfer strategy)」である。

立ち上がり動作の2つの戦略

著者らは、立ち上がり動作には少なくとも2つの異なる戦略が存在すると考察している 。

  1. 運動量利用戦略(本研究の戦略):
    Phase Iで上半身の前方への運動量を生成し、重心(COM)がまだ支持基底面の後方にあるうちに離床(Phase II)する。Phase Iで得た運動量を推進力として利用し、全身を前方・上方へ運ぶ。この戦略は、静的な安定性を犠牲にする代わりに、下肢の筋力的な要求(見かけ上の努力)を低減させる。
  2. ゼロ運動量戦略(安定化戦略):
    最初に体幹をゆっくりと前方へ曲げ、重心(COM)を足部(支持基底面)の真上に移動させてから、垂直に立ち上がる戦略。離床の瞬間に速度(運動量)がゼロに近いため、本質的に安定的であるが、すべての挙上を下肢の筋力(同心性収縮)のみで行う必要がある。
立ち上がり動作戦略

本研究の被験者は、全員が後者の「運動量転換戦略」を無意識に採用していた。その力学的な証拠が、以下の通りである。

力学的証拠①:「動的不安定性」の利用(COM vs COF)

立ち上がり動作中の重心(COM、実線)と圧力の中心(COF、破線)の前方への移動距離を示す。この図が示す結論は、運動量転換戦略の核心である「動的不安定性」の利用である。 殿部離床(Lift-Off、T=0 付近)の瞬間、COM(重心)はCOF(支持基底面である足部)よりも明確に後方にある。静止していれば後方へ転倒するこの状況を、Phase Iで生成した前方への運動量を利用して制御し、前方・上方への推進力に転換している。著者らはこの状態を「動的安定性(Dynamic Stability)」と呼んだ 。

COMとCOFの変位(Schenkman(1990)の図3を参考に作成)

力学的証拠②:運動の「生成」と「実行」の分離(速度ピーク)

では、運動量は「いつ」生成され、「いつ」身体の挙上(実行)に使われるのか?

殿部離床 (時間0) を基準とした、各関節運動の最大角速度の発生タイミングが、運動の「生成」と「実行」が異なるフェーズで起こることを示している。 股関節屈曲、頭部伸展、体幹屈曲といった運動量生成(前方への加速)に関わる速度ピークは、すべてPhase Iで発生している。一方、股関節伸展、膝伸展、体幹伸展といった身体の挙上(上方への加速)に関わる速度ピークは、すべてPhase IIIで発生している。

最も重要なのは、Phase II(移行相)では、どの運動の最大速度も発生していない点である。これは、Phase IIが文字通り運動が「移行(Transfer)」する移行期間であることを力学的に示している。

最大角速度のタイミング(Schenkman(1990)の図7を参考に作成)

続いて、こちらの図は運動の中心的役割を担う股関節のデータが裏付けている。

股関節の屈曲角速度(プラス方向が屈曲)は、Phase I(屈曲相)でピークに達し(運動量の生成)、その後Phase II(移行相)で急速に減少してマイナス(伸展方向)へと転じる。そして、伸展角速度(マイナス方向が伸展)のピークは、Phase III(伸展相)で発生している。 また、このグラフはPhase IIIの終了定義(股関節伸展角速度が0°/secに達する点)を視覚的に示している 。

股関節の屈曲角度・角速度(Schenkman(1990)の図2を参考に作成)

運動量移行戦略を遂行するための「必要条件」

著者らの分析は、この効率的な戦略を安全に遂行するためには、臨床家が評価すべき3つの異なる能力が各フェーズで必要とされることを示唆している

  • Phase I (運動量生成):
    体幹・股関節屈筋群の筋力と協調性を用い、充分な上半身の運動量を生成する能力が必要である 。
  • Phase II (運動量制御):
    殿部離床した際、前方へ進む身体の運動量を制御し、転倒しないように体幹・股関節伸筋群で遠心性にコントロールする能力が求められる 。
  • Phase III (下肢伸展):
    Phase IIIで身体を垂直に持ち上げるための、充分な下肢(股・膝)の伸展筋力が必要である 。

これらの力学的証拠から、健康な成人は、安定したPhase Iで運動量を「生成」し、その運動量を利用して不安定なPhase IIを「乗り切り」、安定性を回復したPhase IIIで本格的に身体を「伸展」させるという、極めて合理的かつ効率的な力学的戦略を採用していることが結論付けられる。

本研究の限界と現代的視点からの批判的吟味・再考

Schenkman(1990)の研究は、その後のSTS研究の「土台」となったが、その知見を臨床応用する上では、本研究のデザインに起因するいくつかの限界点を理解しておく必要がある。

本研究の真の功績:「共通言語」の提供

本研究の最大の功績は、健康な若年女性の平均データそのものよりも、むしろ混沌としていたSTS動作に「相(フェーズ)」という概念を用いた分析の「共通言語(フレームワーク)」を提供した点にある。

この「相」という時間軸が確立されたからこそ、現代では「高齢者ではどうか?」「脳卒中患者ではどうか?」といった発展的な研究が可能となった。例えば、Maoら(2018)は、脳卒中患者のSTS分析に(Schenkmanモデルを基礎とした)5相モデルを用い、健常者と比較して特にPhase I(初期屈曲)とPhase IV(伸展終期)の時間が有意に延長することを突き止めている 。これは、Schenkman(1990)が提示したフレームワークが、後続の研究の「土台」として機能し続けている証拠である。

戦略は二分論ではない:「代償」という視点

Schenkmanらが提示した「運動量利用戦略」と「安定化戦略」という二項対立は、その後の研究によって、より多様な戦略の存在が明らかにされている。

例えば、Hughes & Schenkman (1996) や Scarborough ら (2007) は、「過度な体幹屈曲戦略(Exaggerated Trunk Flexion)」や「垂直上昇優位戦略(Dominant Vertical Rise)」といった異なる戦略を特定している 。

これらは、筋力低下やバランス不安を補うための「代償戦略」と解釈できる 。例えば過度な体幹屈曲戦略は、水平方向の運動量をあえて抑え、膝伸展筋群への依存を高める戦略である 。Schenkman(1990)の厳密な統制下では見えにくかった、こうした多様な代償戦略の存在を踏まえると、臨床における戦略は二分論ではなく、その中間的な状態も含む「連続体」として捉えるべきである。

Schenkmanモデル自体の限界と発展

Schenkman(1990)のモデルは「完成形」ではなく、その後の研究の「たたき台」として機能した。現代の視点からは、いくつかの明確な限界と、それに基づく発展が指摘できる。

  1. 分析手法の限界(運動量から筋力へ)
    Schenkmanらは「関節モーメント(トルク)」の分析に焦点を当てた。しかし、Yoshiokaら(2012)が指摘するように、関節モーメントは関節角度や速度によって変動するため、必ずしも純粋な「筋への負荷」とは一致しない 。その後の研究は、Schenkmanらのキネティクス分析を土台としつつ、シミュレーションモデルを用いて「筋張力(Muscle Force)」そのものを推定するレベルへと発展している 。
  2. 相分類の限界(4相から5相へ)
    Schenkmanの4相分類は基礎となったが、特定の病態を詳細に記述するには不十分な場合がある。前述のMaoら(2018)の研究では、脳卒中患者の動作をより詳細に捉えるため、6つの時間的ポイントに基づく「5相モデル」が採用されている 。
  3. 実験設定の限界(「代償」の排除)
    本研究の最も本質的な限界は、Schenkman(1990)に代表される多くの先行研究が、実験の再現性を高めるために「腕組み」や「足部の固定」といった厳格な統制(コントロール)を用いた点にある。
    van der Krukら(2021)のレビューが示すように、これらの統制は、日常生活や臨床で頻繁に観察される「腕のプッシュオフ」や「非対称な足の位置」といった重要な「代償戦略」を意図的に排除してしまう 。van der Krukらの調査では、実に108件の研究が「腕組み」を指定しており、腕の使用を許可した研究はわずか8件であった 。また、分析が「立ち上がり(STS)」に限定され、より実生活に近い「立ち上がり-歩行(Sit-to-Walk: STW)」が考慮されていない点も、現代の視点からの主要な限界点である 。STSとSTWは力学的にも運動制御的にも異なる課題であり 、Schenkman(1990)の知見をそのまま臨床に一般化するには注意が必要である。

まとめ

  • 本記事は、Schenkman(1990)がなぜSTS分析の「古典」とされ続けるのか、その核心を徹底的に再考した。
  • その功績は、単なる4相分類に留まらず、厳密な実験デザインに基づき、その背景にある「運動量利用戦略」という力学的メカニズムを明らかにした点にある 。さらに重要なのは、この研究がSTS動作分析の「共通言語」を提供した点である。この土台があったからこそ、高齢者や脳卒中患者など、異なる対象者への研究(Mao, 2018 など)が可能となった。
  • 一方で、発表から30年以上が経過した現代の視点からは、その限界も明確である。本研究の厳格な実験設定(特に腕組みや足部固定)は、臨床現場で最も重要な「代償戦略」(例:腕によるプッシュオフ、非対称な動作)を意図的に排除してしまっている。また、分析も関節モーメントに留まっており、「筋張力」のレベルでの負荷とは必ずしも一致しない 。
  • これらの限界を認識した上で、Schenkmanが提供した「相(フェーズ)」という視点を持つことは、臨床家にとって強力な武器となる。患者が立ち上がれない「なぜ」を、単なる筋力不足として片付けるのではなく、Phase I(運動量生成)の問題か?Phase II(運動量制御)の問題か?Phase III(伸展筋力)の問題か?という力学的なフレームワークで解釈し、質の高い介入へとつなげることが可能となるのである。

Q&A

「運動量転換戦略」とは、具体的にどのような戦略か?

立ち上がりのPhase I(屈曲相)の間に上半身を前傾させることで「前方への運動量(慣性力)」を生み出し、その運動量を利用して、重心(COM)がまだ支持基底面(足部)の後方にある「不安定な」状態(Phase II:移行相)からでも離床を可能にする戦略である。

「運動量利用戦略」と「安定化戦略」の違いは何か?

「運動量利用戦略」(本研究の戦略)は、速度(運動量)と「動的不不安定性」を利用して効率よく立つ。対照的に「安定化戦略」は、まず重心(COM)を足部の真上までゆっくり移動させてから(速度ゼロ)、純粋な下肢の筋力だけで垂直に立ち上がる、安定性を最優先する戦略である 。

股関節や膝関節の負荷(トルク)が最大になるのはいつか?

Phase II(移行相)の、殿部離床(Lift-off)直後である 。これは、身体が初めて完全に体重を支え(フルウェイトベアリング)、なおかつ股関節や膝関節が深く屈曲している時期と一致する 。

Phase IIは「移行期間」であり、最も速く動く時期ではない、というのは本当か?

本当である。最大角速度のタイミングの図が示すように、前方への運動量を「生成」する屈曲の最大速度はPhase I(屈曲相)で発生し、身体を「持ち上げる」伸展の最大速度はPhase III(伸展相)で発生する。Phase IIでは速度のピークが発生しておらず、文字通り運動が「転換」する移行期間である。

なぜ著者らは、Phase III(伸展)の終了定義について、アーチファクト(人為的結果)の可能性を認めているのか?

著者らはPhase III(伸展相)の終了を「股関節伸展角速度が0°/secになる点」と定義した 。しかし彼ら自身も、実際には速度が0になるまでに非常に長い減速期間があり、この定義上の終了点が、観察者による「視覚的な動作終了」のタイミングとは(1.2秒の指示に対し1.95秒かかるなど)乖離していることを認めている 。これは定義の操作的な限界点と言える。

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